エビデンスに基づいてリハビリを進めていくと、「誰にでも同じリハビリ」をやりがちです。

例えば、脳卒中患者さんのバランス向上を目指す上では、立ち上がり動作練習や体幹トレーニングが有効であることが報告されています。

ここでひとつ、2013年のランダム化比較試験の紹介をします。

Berg Balance Scale(以下、BBS)の平均スコアが29.3 (8.6)点の慢性期の脳卒中患者さん20人が立ち上がり動作練習を1日あたり100回、週5回、4週間行なったところ、BBSスコアが42.6 (7.3)点まで向上したことが報告されています。(Farqalit R, 2013)

このランダム化比較試験のプロトコルをもとにリハビリを進めていくと、バランス向上のために立ち上がり動作練習を1日100回やることになります。

それ自体はEvidence Based Practice(以下、EBP)の一部として問題ないです。

ですが、ちょっと違和感を覚えないでしょうか?

バランスは、姿勢制御という中枢神経系のシステムによって成り立っています。

そして姿勢制御にはいくつもの構成要素があります。

筋力や協調性、感覚や感覚統合、予測的姿勢制御、反応的姿勢制御、垂直性、注意・認知など…。(Sibley KM, 2015)

これらの構成要素のどれに問題があっても姿勢制御は本来の機能を失い、バランスが低下します。

EBPを進める上では、立ち上がり動作練習を1日100回していくのも問題ないのですが、姿勢制御のエラーを生じさせている原因を改善させた方が良さそうですよね?

今回はこの点について、深掘りして話していきたいと思います。

クルマの修理を例に考えてみる

例えば、クルマを例に出します。

患者さんの治療とクルマの修理はもちろん同じではなく、ものを例に出すというのは不適切かもしれませんが、便宜上、ご理解ください。

あなたが乗っているクルマが突然動かなくなってしまいました。

あなたはクルマが動くように自分で直さなければなりません。

この状況、どうしますか?

自分で直さなければならないのであれば、まずクルマがどうやって動くのか勉強しますよね。

そしてクルマが動くためには、エンジンやガソリン、タイヤ、電気系統など色々な要素があるということを学びました。

じゃあ実際に自分のクルマをみてみよう、ということでそれぞれを評価します。

評価の結果、エンジンが原因だと突き止めました。

そして、エンジンの修理に取り掛かりますよね。

このように、本来の機能を失ってしまっている状況において、機能を取り戻そうとするのであれば、原因を突き止め、原因を解決するための介入が必要になります。

このプロセスは、私たちセラピストも自分の日常生活ではよくやっていることだと思います。

クルマでなくても、テレビが動かなくなった時、「コンセントが抜けているのか?」「リモコンの電池が入ってないのか?」「電波が届いていないのか?」と考えますよね。

何か問題が起こった時、原因を考えるというのは当たり前と言えば当たり前です。

ただ、リハビリだとこのプロセスが抜けてしまうことが多いんですよね。

原因を突き止めないまま、解決方法のリハビリを提供してしまう。

バランス障害のある患者さんに対して立ち上がり動作練習を行うことはEBPの視点から間違ったことではないですし、実際、それで患者さんはよくなることが多いです。

なのでこの点が見落とされがちなのですが、本来であれば、原因に合わせたアプローチをすべきですよね。

EBPに病態解釈を加えて難易度の “質” を調整する

この考え方をリハビリに転用するのであれば、

①バランス障害の原因を探るために姿勢制御の要素を学ぶ
②患者さんの姿勢制御で何が問題なのか評価する
③問題点に合わせたアプローチを行う

という手順になります。

①バランス障害の原因を探るために姿勢制御の要素を学ぶ

上で示した通り、姿勢制御には筋力や協調性、感覚や感覚統合、予測的姿勢制御、反応的姿勢制御、垂直性、注意・認知などの要素があります。

②患者さんの姿勢制御で何が問題なのか評価する

BESTestという評価指標を使って姿勢制御の構成要素の何が問題なのか “推定” することが可能です。

また、感覚の重み付けを評価する上では修正CTSIBという評価が有益です。

https://www.sralab.org/sites/default/files/2017-06/204Lmctsib.pdf

③ 姿勢制御の問題点に合わせたアプローチを行う

ここまで行えば、あとは③の問題点に合わせたアプローチを行う、という段階になります。

基本的にはエビデンスに基づいて進めていくので、バランスを向上させるために立ち上がり動作練習や体幹トレーニングを中心に進めていきます。

今回は立ち上がり動作練習を選択するとします。

立ち上がり動作練習の難易度調整でよく用いられるのは “段差の高さの調整” です。

最初は50cmくらいの椅子から立ち上がり、徐々に40cm、30cmと低くしていくことで立ち上がるのを難しくしていきます。

これは、日常生活のどのような環境でも立てるようにしていく上では有用な難易度調整なのですが、姿勢制御の構成要素については考慮されていません。

例えば、感覚に問題があり、体性感覚フィードバックをうまく使うことができないために姿勢制御にエラーをきたしているのであれば、安定した床面にしたり、麻痺側の感覚に注意を向けたり、閉眼の状態や頭頸部を傾けた状態で立ち上がる、といったカスタマイズが考えられます。

いずれも、体性感覚フィードバックを使って姿勢制御を行えるようにするための難易度調整です。

このように、立ち上がり動作練習は座面の高さを変える、という量の難易度調整と、立ち上がり動作のやり方を変える、という質の難易度調整があります。

これは立ち上がり動作練習に限らず、他のリハビリでも全て同じことが言えます。

私見ですが、エビデンスに基づいてリハビリプログラムを立てるのが脳卒中リハビリとして100点だとすると、エビデンスに基づいたリハビリに病態解釈を加えるのが120点、というイメージです。

要は、エビデンスに基づいたリハビリを進めていくということは絶対的に大事なのですが、そこからさらに踏み込んで、患者さん一人一人の病態に合わせてリハビリを選択したり、カスタマイズすることが大事だと思う、ということです。

病態解釈が行えるようになると、リハビリの幅が広がり、患者さん一人一人に合わせたリハビリを行えるようになります。

客観視して振り返る

病態解釈はとても大事ですが、まだまだ発展途上の分野です。

一歩間違えれば、セラピストの妄想と言われてもおかしくありません。

“病態解釈をする” のが目的ではなく “患者さんに最善のリハビリを提供する” のが目的ですので、病態解釈の内容が論理的かどうか、客観的に振り返りながら進めていきましょう。

そのために、それぞれの症状を構成する要素について網羅的に理解しておくことは大事ですし、加えて、臨床推論や意思決定におけるバイアスについて理解しておくことはとても大事です。

まとめます。

● 脳卒中リハビリにおいては、EBPの中で病態が考慮されないことがある
● なぜこの問題が生じているのか?という視点から問題点を深く考える
● EBP+病態解釈で患者さんにとって最善のリハビリを

今回は「EBPに病態解釈を加えて難易度の “質” を調整する」というテーマでお話しさせていただきました。

BRAINでは脳卒中EBPプログラムというオンライン学習プログラムを運営しております。

2021年後期は10月から開始します。

現在受講生募集中ですので、ご興味がある方はよかったらホームページを覗いてみてください。

それでは今日もリハビリ頑張っていきましょう!

参考文献

Farqalit R, Shahnawaz A. Effect of foot position during sit-to-stand training on balance and upright mobility in patients with chronic stroke. Hong Kong Physiotherapy Journal. 2013;31

Sibley KM, Beauchamp MK, Van Ooteghem K, Straus SE, Jaglal SB. Using the systems framework for postural control to analyze the components of balance evaluated in standardized balance measures: a scoping review. Arch Phys Med Rehabil. 2015 Jan;96(1):122-132.e29.