脳卒中患者さんの歩行の特徴はいくつかありますが、代表的な特徴のひとつに「推進力」があります。
本記事では、「推進力」について紹介します。
多くの研究で、脳卒中患者さんは推進力が低下していることが明らかになっています。
推進力とは何か?そして推進力向上のためにはどのようなリハビリが適切か?を知っていると、脳卒中患者さんの歩行リハビリを行う上で役立ちます。
脳卒中後の歩行リハビリで理解しておくべき “推進力”
推進力とは、Alingh J (2019) によると“身体の前進に寄与し,歩行時の前後方向の床反力から得られるもの” 、とされています。
ヒトが前方へ歩く上では欠かせない要素です。
推進力を生み出す要素はいくつかありますが、重要な要素として、足関節の底屈モーメントと、質量中心の位置に対する圧力中心の後方への配置、があります。
つまり、立脚後期に、①身体の後方に下肢が位置した状態で②足関節が底屈して身体を前方に押し出す、というのが大事になります。
脳卒中患者さんの場合、いわゆる健常者と比べてこの推進力が小さく、また麻痺側の推進力は非麻痺側と比べて小さいことが明らかになっています。
推進力が小さいと身体を前方へ移動させることが難しくなるので、体幹や非麻痺側下肢による代償動作が発生します。
以前、回復と代償というテーマの記事を書きましたが、脳卒中患者さんが歩きの回復を望んでいる場合、つまり病前のような歩きの獲得を望んでいる場合、この推進力の再獲得は歩きの回復に貢献してくれる可能性があります。
歩行練習は麻痺側の推進力を改善させるか?
Alingh J (2019) は亜急性期〜慢性期の脳卒中患者さんに対する、麻痺側の推進力を改善させるためのリハビリ方法について調査しています。
この研究は、2019年5月までに英語、ドイツ語、オランダ語のいずれかで公表された研究論文を体系的・網羅的に検索したシステマティックレビューです。
推進力や、推進力に関連するアウトカム(ピーク足関節パワー、推進力の対称性など)を設定した研究を集め、世界では推進力を改善させるためのリハビリとして何が行われているのか、そして効果がどうだったのか、について調べています。
結果としては28件の研究が見つかりました。
介入方法は10種類に分類されましたが、そのうち報告数が多かったもの、かつ臨床で私たちセラピストが利用可能なものを3つ紹介させていただきます。
免荷式トレッドミルトレーニング
免荷式トレッドミルトレーニングというのは、通常のトレッドミルトレーニングに体重免荷装置を加えるものです。
ざっくり言うと、上から身体が少し吊り上げられた状態でトレッドミルマシンの上を歩くと言うリハビリ方法になります。
そして推進力への効果ですが、免荷式トレッドミルトレーニングでは推進力が向上したと言う報告はありませんでした。
体重を免荷することによって下肢への負担が少なくなり、推進力が発生しなくなったと考えられています。
トレッドミルトレーニング
一方、体重を免荷しないトレッドミルトレーニングを実施した研究では、多くの研究で推進力の向上を報告しています。
特に、身体後方へ引っ張る負荷をかけたトレーニング(登り坂を登っているような運動)の有効性も示唆されており、推進力を生まなくてはならない課題・環境設定をすることの重要性がうかがえます。
ただし、全ての研究で推進力の向上が認められているわけではないので、トレッドミルトレーニングも推進力に対して完全に効果があるとは言えない点に注意が必要です。
電気刺激+歩行練習
これは総腓骨神経や前脛骨筋、下腿三頭筋などに電気刺激を与えながら歩行練習をすると言うものです。
この電気刺激+歩行練習についてはほとんどの研究で推進力の向上が報告されています。
一例として、どのようにこのトレーニングが行われたか、Reisman D (2013)のランダム化比較試験を参考に紹介させていただきます。
この研究では電気刺激を前脛骨筋と腓腹筋に電気刺激を与えながらトレッドミルトレーニングをしています。
歩行サイクルに合わせて、遊脚期から踵接地まで前脛骨筋を、立脚後期に腓腹筋を電気刺激を使って収縮させました。
このトレーニングをおよそ1回30分、週3回、12週間実施しました。
結果として介入前〜4週間後の間で推進力の向上が確認されています。
これはあくまで一例であり、他にも電気刺激+歩行練習のやり方はありますが、電気刺激+歩行練習というのはこのように歩行練習に電気刺激を活かす、というイメージと捉えていただけたらと思います。
ここで考えないといけないのは、歩行速度や歩行距離といった歩行のパフォーマンスを向上させるリハビリ方法はいくつもありますが、全てが推進力を向上させるわけではないという点です。
推進力を向上させないまま歩行速度や歩行距離の向上が起こっているというのは、患者さんの歩行動作の中で代償動作戦略の学習が進んだ、という可能性もあります。
推進力を置き去りにしたリハビリも…
推進力は、歩行の大事な要素です。
推進力があるのでヒトはうまく歩くことができます。
ですが、脳卒中リハビリテーションでは推進力について考慮されないまま歩行練習が行われることが多いです。
特に、表面的なEBPしかできていないと、「この患者さんは歩行速度が○m/sだから、トレッドミルトレーニングを行えば○m/sまで良くなるだろう」という判断のもと、歩行分析がなされずにリハビリが進んでしまうことがあります。
回復と代償という考え方があります。
Raghavan P(2015)は、回復を “機能をより正常な、損傷前の状態に戻すこと” 、代償を “障害のある機能の代替または回避を行う戦略” と定義しています。
歩行動作を回復させるためには正常動作に近づけていくリハビリが必要になるのですが、正常歩行に必要な要素を置き去りにしたまま歩行練習が進んでしまうと、回復ではなく代償動作の獲得による歩行パフォーマンス向上につながってしまいます。
「どんな歩き方であれ、歩けるようになれればいい」という患者さんなら問題ありませんが、「できれば病前のように歩けるようになりたい」と考えている患者さんにとっては、代償動作の獲得による歩行の向上は望ましくないかもしれません。
セラピストとしては、回復を目指すためのリハビリの選択肢も、代償を含めた向上を目指すためのリハビリの選択肢も、どちらも持っておく必要があると思います。
参考文献
Alingh JF, Groen BE, Van Asseldonk EHF, Geurts ACH, Weerdesteyn V. Effectiveness of rehabilitation interventions to improve paretic propulsion in individuals with stroke – A systematic review. Clin Biomech (Bristol, Avon). 2020 Jan;71:176-188.
Reisman D, Kesar T, Perumal R, Roos M, Rudolph K, Higginson J, Helm E, Binder-Macleod S. Time course of functional and biomechanical improvements during a gait training intervention in persons with chronic stroke. J Neurol Phys Ther. 2013 Dec;37(4):159-65.