5月9日(日)、済生会東神奈川リハビリテーション病院の中村学先生に御登壇いただき、「脳卒中後の歩行障害に対するリハビリテーションの臨床的意思決定」というテーマでセミナーを開催します。

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キーワードは脳卒中後の歩行障害や臨床意思決定になるのですが、今回はこちらについて基本的なところを事前に予習する回です。

今回はPart.2になります。

Part.1では患者さんに生じるバイアスを紹介しました。

簡単に振り返りますと、患者さんへリハビリの選択肢や環境の変更などを提案するときに、セラピストの説明がうまくないと患者さんが本意ではない意思決定をしてしまうことがありますよ、という内容でした。

本日のテーマは「脳卒中後の歩行動作における ”回復” の評価」です。

急性期や回復期リハビリテーション病院で働いていらっしゃる先生にはご共感いただけると思うのですが、患者さんは杖を使ったり装具を使ったりせずに「病前のように歩きたい」という希望をお持ちのことが多いです。

障害受容という言葉がありますが、脳卒中を発症された直後や回復している時期に完全に障害受容することはなかなか難しいことだと思います。

患者さんとしては、できればもとに戻りたいと思うでしょう。

そのため、状況によっては、歩行の自立度が向上してきていてセラピストとしては「移動できる範囲が広がったのでよかった!」と思っているのに、杖や装具を使用しているということで患者さんとしては「杖や装具を使わなくてはいけなくなった」とがっかりしてしまうことがあります。

セラピスト視点としては、患者さんのADLを守るために移動範囲の拡大が最優先事項になるのはよくわかります。

ただ、患者さんの視点からすると、やはり最大限「もとに戻りたい」と思う気持ちもよくわかります。

この点、セラピストが ”回復” と “代償” の違いを理解し、患者さんとちゃんとコミュニケーションをとり、必要に合わせて回復のためのリハビリを行えば、問題になることを避けることができます。

回復と代償の違い

Raghavan P(2015)は、回復を “機能をより正常な、損傷前の状態に戻すこと” 、代償を “障害のある機能の代替または回避を行う戦略” と定義しています。

脳卒中患者さんのように脳を損傷している方が「損傷前の状態に戻る」ということは基本的には難しいと思います。

以前の記事でも説明させていただきましたが、脳を損傷すると、損傷部位だけでなく損傷していない他の脳領域の役割や活動性が変わったりします(機能解離)。

手や足を動かせるようになったとしても、それは脳のネットワークが変化して、損傷した脳に適応している状態である可能性があります。

そのため、厳密にいうと「損傷前の状態に戻る」ということは基本的には難しいケースが多いです(元に戻るケースもあります)。

ただ、動作戦略(動作のやり方)を損傷前の状態に近づけていくということは可能であるように思います。

例えば歩行のときに杖や装具を使わなくても歩けるようになる、脚を外から回して振り出すのではなくまっすぐ振り出して歩行することができるようになるとか、そういうことは可能ではないかと思います。

脳卒中の患者さんが回復期の病院を退院するときに屋外歩行が自立したとき、病前のように歩ける(例えば杖を使わない、装具を使わない、ぶん回し歩行ではないなど)のであれば「回復」に近い改善、病前のように歩けない(例えば杖を使う、装具を使う、ぶん回し歩行のような代償戦略を使うなど)のであれば「代償」としての改善、と考え、話を進めていきたいと思います。

回復の経過を追うための検査

BRAIN脳卒中リハビリ情報局では、歩行の検査としては歩行速度の測定や6分間歩行試験、Functional Ambulation Categories(以下、FAC)などが使用されることが多いとお伝えしてきました。

繰り返しになりますが、歩行のためのゴールドスタンダードの検査はこれらになります。

ただ、歩行速度や歩行距離、歩行自立度というのは、回復ではなく代償によっても成績が向上する検査です。

例えばぶん回し歩行ができるようになって歩行速度が速くなったとか、非麻痺側にばかり荷重する歩き方になったおかげで長く歩けるようになったとか、杖・装具を使うことで歩行が自立したとか、代償によって成績向上します。

もちろん、回復によって成績向上することもあります。

下肢の筋出力やバランスが上がることで病前の歩きに近づき、歩行速度が速くなったとか、長く歩けるようになったとか、ひとりで歩けるようになったとか、です。

何が言いたいかというと、これらの検査は ”回復” も “代償” も含めた歩行動作のパフォーマンス向上をみる検査であるということです。

なので、 “回復” を望んでいる患者さんに対して、歩行の検査をこれだけしかとっていないと、セラピストと患者さんとの間に溝が生まれやすくなります。

状況によっては、患者さんの代償動作がうまくなって歩行のパフォーマンスが良くなり、むしろ回復には遠ざかってしまったということもあり得ます。

なので、 “回復” を望んでいる患者さんに対しては、回復を評価するための検査を取っておいた方がいいです。

回復を評価するための検査として、次のものを紹介します。

①運動学的分析
②時空間パラメータ
③左右非対称性

“運動学的分析” と “時空間的パラメータ” というのは、ざっくり言うと運動観察です。

ただ、ランダム化比較試験などの研究では3次元動作解析器など、客観的に測定できる機器を使用してこれらの運動観察が行われています。

セラピストの肉眼による測定ではありません。

運動学的分析、というのは歩いている時の股関節や膝関節、足関節などの関節の角度、骨盤や体幹の回旋などを評価するものです。

歩行中に、それぞれの関節が何度屈曲している、何度伸展している、というふうに数値としてデータを取ります。

一方、時空間的パラメータというのはステップ長やストライド長、ケイデンス、両脚支持時間、左右それぞれの片脚支持時間、などを測定し、評価するものです。

歩行中のステップ長が何cmだった、両脚支持時間は何秒だった、というふうに数値としてデータを取ります。

最後に、左右非対称性というのは、言葉の通り、左右の非対称さでみます。

脳卒中患者さんは片麻痺になることで、麻痺側と非麻痺側とで左右非対称の歩き方になります。

この左右非対称さを数値にするのがSymmetry Ratio(以下、SR)などの指標です。

いくつか計算式がありますが、基本的には歩行中の麻痺側立脚時間と非麻痺側立脚時間、もしくは麻痺側のスイング時間と非麻痺側のスイング時間の数値から算出します。

一番シンプルなのは、麻痺側立脚時間/非麻痺側立脚時間で算出する方法です。

例えば麻痺側の立脚時間が1秒で、非麻痺側の立脚時間が1.5秒なら、1/1.5で0.67、とします。

これが左右対称になると、例えば麻痺側の立脚時間が0.5秒、非麻痺側の立脚時間も0.5秒なら、0.5/0.5で1になります。

なのでリハビリ開始前が0.67で、リハビリ開始3ヶ月後が1になっていたら、左右対称に歩けるようになりましたね、ということになります。

まとめると、このような運動学的分析や時空間パラメータ、左右非対称性の評価を通して、歩き方、歩容を数値に直して記録することができます。

最後に注意点をお伝えします。

“運動学的分析” と “時空間的パラメータ” ですが、おそらく臨床で3次元動作解析器を使って評価できる病院や施設は少ないのではないかと思います。

なので臨床的にはビデオを撮って判断することになると思います。

ビデオを撮るとき、ビデオと患者さんの距離や歩行路の環境が同じでないとリハビリ前後の比較がしにくくなります。

なので、病院や施設の中で歩行を測定する歩行路、ビデオを置く位置などを予め定めておき、検査のやり方にズレが生じないようにする工夫が必要です。

また、ステップ長やストライド長は、歩行速度が上がれば長くなりますよね。

なのでリハビリ前後で麻痺側のステップ長やストライド長が長くなっていたとしても、それは患者さんが速く歩けるようになった(もしくは速く歩こうとした)からである可能性があり、本当の意味で歩き方が良くなったと言えない可能性があります。

ステップ長やストライド長などの時空間的パラメータで評価するなら、検査時の歩行速度を揃えないといけなくなります。

ただ、現実的にそれは難しいですよね。

リハビリ開始3ヶ月後の評価を行うとき、リハビリ開始時の(つまり3ヶ月前の)ゆっくりの速度で歩いてもらうのは難しいでしょう。

患者さんの動きがぎこちなくなり、自然な状態の歩行で評価できなくなる可能性があります。

なので、基本的には麻痺側のみのデータ(例えば麻痺側のストライド長、麻痺側の立脚時間など)だけで前後比較するのではなく、左右のストライド長や左右の立脚時間を比べる、つまり左右非対称性を判断するためのSRなどを使用することをお勧めします。

代償が悪というわけではない

発症直後から軽度の運動麻痺を有する患者さんであれば、回復によって歩行動作のパフォーマンスを上げていくことができるかもしれません。

一方、発症直後に重度運動麻痺を有していた患者さんであれば、多くの場合、回復だけによる歩行動作のパフォーマンス向上ではなく、代償も含めた歩行動作のパフォーマンス向上になるのではないかと思います。

患者さんからは「病前のように歩けるようになりたいんだから、そういうリハビリをやってくれ」と言われることがあると思います。

でも、綺麗な歩き方にこだわるあまり歩行が自立せず、退院時の移動範囲、活動範囲が狭くなってしまうと不動を起こし、より筋力低下を起こしたり痙縮が強くなったり、結局は患者さんの望まない結果につながってしまうかもしれません。

以前、患者さんに生じるバイアスというテーマでお話しさせていただきましたが、本当に綺麗な歩きを追求することが患者さんの望む結果を導くのかどうか、セラピスト(もしくは医師?)が予後をしっかり伝えた上で、適切に判断できるように支援しないといけないですね。

そのためにはEvidence Based Practice、Shared Decision Makingが重要になると思います。

今回は【脳卒中後の歩行動作における ”回復” の評価】というテーマでお話しさせていただきました。

BRAINでは脳卒中EBPプログラムというオンライン学習事業を運営しております。

2021年前期はおかげさまで満員御礼となりましたが、後期は10月から開始、募集は7月ごろから開始する予定です。

ご興味がある方はよかったらホームページを覗いてみてください。

それでは今日もリハビリ頑張っていきましょう!