脳卒中を発症された後、多くの患者さんは一度歩行困難になります。

それからリハビリを経て屋内をひとりで歩けるようになり、屋外をひとりで歩けるようになっていきます。

この時、何を根拠に「屋外を一人で歩けるか」判断していますか?

多くの場合、セラピストが一緒に患者さんと屋外歩行をしてみて、患者さんが問題なく歩けそうであれば屋外歩行の許可申請を主治医に行い、主治医が許可をして屋外歩行自立になると思います。

セラピストが実際に患者さんの動作を見て判断するというのは大事なのですが、どうしても主観的な判断になってしまいます。

理想は、主観的な評価(実際の動作観察・分析)+客観的な評価を統合して判断することです。

客観的な評価指標として、カットオフ値があります。

本日は屋外歩行自立のためのカットオフ値について、2つの研究を参考に紹介します。

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脳卒中患者さんの屋外歩行に必要な歩行速度のカットオフを2つ紹介

0.85 m/s <感度:83%  特異度:76%>

10mを11.7秒くらい、5mを5.9秒くらいで歩く速さです。

An S (2015) の研究により報告されたカットオフ値です。

この研究では、平均年齢58歳くらいの慢性期の脳卒中患者さんを対象に、”地域での制限のない移動” を行うためのカットオフ値を算出しました。

0.61 m/s <感度:100%  特異度:67.5%>

10mを16.5秒くらい、5mを8.2秒くらいで歩く速さです。

田代 (2014) の研究により報告されたカットオフ値です。

この研究では、平均年齢58歳くらいの慢性期の脳卒中患者さんを対象に、”歩行距離に制限がなく、買い物や他の雑用を遂行する能力を有する” ためのカットオフ値を算出しました。

0.85 m/s と 0.61 m/s では結構違いがあるなと思われた方もいると思います。

違いがある要因としては感度・特異度の違いや、カットオフ値を算出するためにアンカーにしたイベントの違い、研究のセッティングの違いなどが挙げられますが、要因のひとつに人種・国の環境もあると思われます。

An S (2015) の研究により算出された0.85 m/s というのは外国人を対象に算出されていますが、田代 (2014) の研究により算出された0.61 m/sというのは日本人を対象に算出されています。

人種によって体格が違いますし、また国内と国外では屋外の環境も異なるでしょうから、まずは日本人を対象に算出された田代 (2014) の0.61 m/sを参考にして良いと思います。

また、もちろん、患者さん全員がこのカットオフ値を超えれば自立できるわけではありません。

左半側空間無視や、注意障害、認知機能の低下などの高次脳機能障害によって、歩くこと自体はできるけど物や壁にぶつかってしまい実用性に欠ける、といったケースもあります。

そのため、あくまでも目安として捉えていただけたらと思います。

脳卒中EBPプログラム <歩行障害コース> 資料より抜粋

歩行練習によって歩行速度が上がる

続いて、歩行速度を上げるためのリハビリを紹介します。

理学療法士が行う歩行練習やバランス練習などで、歩行速度は上がります。

歩行速度が速いというのは歩幅が大きかったり、脚の回転が速いことを意味します。

下肢の筋力が強かったり関節可動域が大きかったり、バランス能力がよければ、歩幅は大きくなりますし、脚の回転を速くすることができます。

言い換えれば、筋力トレーニングをして筋力が上がっても歩行速度は上がりますし、バランス練習をしてバランスが良くなっても歩行速度は上がります。

つまりどの練習をしても歩行速度は上がるのですが、効率的に歩行速度を上げていきたいのであれば歩行練習が望ましいです。

歩行練習の例を紹介します。

Kuys SS (2011) は、平均歩行速度がおよそ0.34 m/s の回復期脳卒中患者さんに対し、トレッドミルトレーニングを1日あたり30分、週3回、6週間行うことで、平均歩行速度が0.63 m/sへ向上したことを報告しています。

あくまでも平均値ですが、0.63 m/s あれば田代 (2014) のカットオフ値である0.61 m/s は超えることになります。

また、Ada L (2003) は、平均歩行速度がおよそ0.62 m/s の慢性期脳卒中患者さんに対し、トレッドミルトレーニング+平地歩行練習を30〜45分、週3回、4週間行うことで平均歩行速度が0.75 m/s へ向上したと報告しています。

このように、重症度や病期によって患者さんの状況は異なりますが、いずれにせよ歩行練習を行うことで歩行速度を上げていくことができます。

カットオフ値を目標の目安にしよう

カットオフ値は目標設定やリハビリプログラムの意思決定をする上で参考になります。

患者さんに「屋外をひとりで歩けるようになるためには0.61 m/s 〜0.85 m/sくらいの歩行速度が必要とされています。ですので、まずは0.61 m/s を目指して歩行練習頑張りましょう」と伝えた方が患者さんも目標が明確になりますよね。

また、リハビリチームで屋外歩行の自立可否を判断するときも、「0.61 m/s 〜 0.85 m/sが屋外歩行自立のカットオフ値です。Aさんは0.9 m/sで歩けているので、屋外歩行自立は問題ないと思います」と伝えた方が、主治医や看護師さんも安心するのではないかと思います。

数値に囚われてしまい患者さんをみなくなるのは本末転倒ですが、屋外歩行の自立を目指す上では、歩行速度のカットオフ値は参考になります。

主観的な評価(動作観察・分析)と客観的な評価を組み合わせて、患者さんにとって最適な判断をできるようにしていきましょう!

まとめます。

屋外歩行自立の判断は、主観的+客観的な判断が望ましい
● 客観的な判断の指標として0.61 m/sや0.85 m/sというカットオフ値がある
● カットオフ値に囚われるのは本末転倒だがうまく活用したい

参考文献

An S, Lee Y, Shin H, Lee G. Gait velocity and walking distance to predict community walking after stroke. Nurs Health Sci. 2015 Dec;17(4):533-8.

田代英之・他:慢性期脳卒中者の地域における移動能力と歩行機能および身体活動の関係. 理学療法学. 2014. 41(3) 131-137

Kuys SS, Brauer SG, Ada L. Higher-intensity treadmill walking during rehabilitation after stroke in feasible and not detrimental to walking pattern or quality: a pilot randomized trial. Clin Rehabil. 2011 Apr;25(4):316-26.

Ada L, Dean CM, Hall JM, Bampton J, Crompton S. A treadmill and overground walking program improves walking in persons residing in the community after stroke: a placebo-controlled, randomized trial. Arch Phys Med Rehabil. 2003 Oct;84(10):1486-91.