脳卒中を発症すると、歩行障害(ほこうしょうがい)が表れることがあります。

歩行障害の中身は、主に次の4つに分類されます。

  • 歩行速度の低下
  • 歩行持久力の低下
  • 歩きかたの乱れ
  • 歩行自立度の低下

みなさまの歩行に関するお困りごとは、この4つのいずれかに当てはまるのではないでしょうか。

今回注目したいのは、この中の「歩きかたの乱れ」です。

脳卒中患者さんは、一般的に歩きかたに困難さを抱えることが多いとされています。みなさまも、「歩きかたをよくしたい」と考えたことがあるのではないでしょうか?

歩きかたを改善するリハビリとして一般的に行われるのは、「歩きかたの矯正」です。

これは、立った状態や歩きながら、セラピストの提案に基づいて姿勢や体重のかけ方を調整する方法です。

たとえば、

  • 「背筋を伸ばしてください」
  • 「おへそを前に出してください」
  • 「親指に体重をかけてください」

このような指導を受けながら、歩きかたを直していきます。

この方法は運動学習の理論をもとに行われるもので、確かに効果的なアプローチといえます。

しかし、そもそも歩きかたを改善する前に、しっかりと評価しておくべき大切なものがあります。

それが「バランス」です。

実は、バランスと歩きかたには密接な関係があることが報告されています。

今回は、バランスと歩きかたの関係について、4つの研究をもとに考えてみます。

そして、私自身の意見も交えながら、バランスの重要性をお伝えします。

バランスが不安定な方の場合、歩きかたを矯正する前に、まずバランスを整える必要があるかもしれません。

「歩きかたをよくしたい」と考える皆さまにとって、少しでもお役に立つ情報になれば幸いです。

情報の信頼性について
・本記事はBRAIN代表/理学療法士の針谷が執筆しています(執筆者情報は記事最下部)。
・本記事の情報は、基本的に信頼性の高いシステマティックレビュー研究、臨床研究から得られたデータを引用しています。

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歩きかたをよくするためにバランスを鍛えるべき3つの理由

まず本記事の結論として、歩きかたをよくするためにバランスを鍛えるべき3つの理由を紹介します。

  • バランスが低下している人は歩きかた(脚の関節角度)に異常があることが、科学的に明らかになっているため
  • バランスが低下している人は歩きが左右非対称であることが、科学的に明らかになっているため
  • バランスがよくないから歩きかたが乱れると考えられるため

ざっくりまとめると、『バランスがよくない人は歩いているときの脚(足)の動きも乱れやすい傾向があるため、まずはバランスをよくしてから歩きかたをよくしましょう』ということです。

以下、詳しく解説します。

バランスが低下している人は歩きかた(脚の関節角度)に異常がある

バランスが低下している人は歩行中の関節の動きに異常を示す

まず、バランスと歩行中の関節の動きとの関係を報告した2024年の研究を紹介します。

この研究では、45人の慢性期脳卒中患者さんを対象に、主成分分析という統計手法を用い、歩行とバランスの関係を調査しました。

脳卒中患者さんが歩いている様子を特別なカメラで撮影し、身体の関節の動きを詳しく分析しました。

そして、たくさんの動きを整理してわかりやすくするために、「主成分分析」という統計手法を使い、動きのパターンをいくつかにまとめました。

その結果、バランス障害がある人は、歩き方に特徴的な違いがあることがわかりました。

具体的には、こちらの通りです。

麻痺側
立脚相:足関節の背屈が小さい
遊脚相:①膝の屈曲が小さい②骨盤の上方回旋(骨盤を引き上げる動き)が大きい
歩行周期全体:①股関節がより屈曲している②骨盤の後傾と回旋が大きい③足関節の内反が大きい④特に矢状面と水平面において、関節のばらつきが大きい。

また、非麻痺側においても、特徴的な違いが生まれることが報告されました。

非麻痺側
立脚相:立脚相末期から遊脚相中期にかけて、膝の外旋が大きい
遊脚相:①足関節の背屈が大きい②膝の屈曲が小さく、遅れている③遊脚相中期で、膝の外反が大きい④遊脚相末期で、膝の内反が大きい⑤遊脚相末期において、矢状面での足関節、膝関節、股関節のばらつきが大きく、遅れている
歩行周期全体:①足関節の外反と外旋が大きい②股関節の屈曲と外転が小さい③骨盤の後傾、下方回旋、前額面回旋が大きい

重要なポイントは、「非麻痺側にも歩行の乱れが生じる」という点です。

なお、この研究におけるバランス障害がある人の定義はこちらの通りです。

  • Berg Balance Scale (BBS): 45点未満
  • Timed Up and Go (TUG) テスト: 13.5秒以上

Berg Balance Scale (BBS)とは?
脳卒中などでバランスが低下している人の静的および動的なバランス能力を評価するためのスケールです。14項目で構成され、それぞれ0〜4点で採点します。なお、満点は56点です。

Timed Up and Go(TUG)テストとは?
移動能力と動的なバランスを評価するテストです。椅子に座った状態からスタートし、3m歩き、方向転換して戻り、再び椅子に座るまでの時間を測定します。

いずれも、リハビリを受けたことがある方は一度は測定されたことがあると思います。

BBSで45点未満、TUGで13.5秒以上に該当する人は、先ほどお伝えした特徴的な歩きかたを示していました。

この研究が明らかにしたのは、「バランス障害がある人は、歩きかたに特徴的な乱れが見られる」という事実です。

例えば、麻痺側では骨盤を大きく引き上げたり、足関節を内側に傾ける動きが見られます。

一方で、非麻痺側では、膝や足関節の動きが不安定になり、動作が遅れる傾向があります。

このような動きの特徴は、バランスを取ろうとする体の自然な反応、つまり「バランス低下に対する代償的な動き」と考えられます。

バランスが低下している人は脚の伸展角度が小さい

次に、バランスと歩行中の脚の伸展角度との関係を調査した2022年の研究を紹介します。

この研究では、26人の慢性期脳卒中患者さんを対象に、歩行における脚の伸展角度について調査しました。

脚の伸展角度とは?

脚の伸展角度とは、歩行中に脚が後ろに伸びる角度のことを指します。

近年、「脚の伸展角度」が脳卒中歩行リハビリにおいて注目されています。

図 脚の伸展角度

脚の伸展角度が大きいということは、歩行中に脚をしっかりと後ろに伸ばせることを意味します。

この動きが可能になると、こちらのような効果が期待されます。

  • 歩行中の推進力が得られる
  • 歩行速度の向上
  • 歩行の左右対称性の改善

これらの効果は、近年の研究により科学的に明らかになってきています。

バランス能力と脚の伸展角度の関係

2022年の研究の結果、次のことがわかりました。

① バランス能力が高い患者ほど、脚の伸展角度が大きくなる傾向が見られた

これは、バランス能力が高いと歩行中の体の安定性が向上し、脚を大きく後ろに伸展できるためと考えられます。

② 脚の伸展角度は歩行速度にも影響を及ぼすことが確認された

脚の伸展角度が大きい患者ほど、歩行速度が速くなる傾向が確認されました。

この理由として、脚を大きく後ろに伸展することで推進力を得て、地面をより強く蹴り出し、歩行速度が向上することが挙げられます。

この研究は、脚の伸展角度が歩行能力に与える影響を示すだけでなく、バランス能力の重要性も明らかにしています。

まとめ:バランスは歩きかた(脚の関節角度)と関係がある

以上の研究結果から、

バランスが低下している人は歩行中の関節の動きに異常を示す
バランスが低下している人は歩行中に脚が後ろに伸びにくい

…ということが言えます。

ざっくりまとめると、『バランスが低下している人は歩きかた(脚の関節角度)に異常がある』ということです。

バランスが低下している人は歩きが左右非対称である

続いて、バランスと歩行の左右非対称性の関係を報告した2014年の研究を紹介します。

この研究では、39人の慢性期脳卒中患者さんを対象に、歩幅や立脚時間、遊脚時間の左右非対称性と、バランス能力を測る指標(BBS、歩行時の歩幅、立位時の左右の体重配分)との関連性を分析しました。

その結果、バランス能力が低いほど、歩行時の左右非対称性が大きいことが確認されました。

歩行が左右非対称になっている人ほど、歩行時に歩隔が広くなる傾向があり、同時にバランス能力が低いということです。

歩隔(Step Width)とは?
歩いている時の「横の歩幅」です。歩幅には「縦の歩幅」と「横の歩幅」の2種類があります。リハビリでは、縦の歩幅を「歩幅」、横の歩幅を「歩隔」といいます。一般的に、バランスが低下したり、不安定な環境下では歩隔が大きくなります。

また、静的なバランス(立位時の体重配分)よりも、動的なバランス(BBSと歩行時の歩隔)と歩行時の非対称性の関連性のほうが強いことがわかりました。

これは、歩行が動的な動作であり、転倒を防ぐためには適切なバランス制御が重要であるためと考えられます。

さらに、別の研究でも同様のデータが報告されています。

この研究では、94人の回復期脳卒中さんにおける立位バランスと歩行の左右非対称性の関係が調査されました。

脳卒中患者さんは、麻痺側の足に十分な体重をかけられなかったり、バランスを取るのが難しかったりするため、非麻痺側の足に体重をかけることが多い傾向があります。

その結果、立位バランスが左右非対称になり、非麻痺側に偏った姿勢をとることがよく見られます。

この研究では、立位バランスの非対称性が、歩行の非対称性と関連していることが明らかになりました。

具体的には、立位時に麻痺側に体重をかけられない、あるいはバランスが取りにくい人ほど、歩行中の左右の足の動きやタイミングに差が出やすいことが確認されました。

さらに興味深い点として、この関係は足の筋力などの運動機能とは関係なく見られました。

これは、立位バランスの非対称性が、歩行の非対称性に直接影響を与えている可能性を示唆しています。

研究のまとめ

以上の研究結果を簡単にまとめると、次のようなことがわかります。

  • バランスが低下している人は歩きかた(脚の関節角度)に異常がある
  • バランスが低下している人は歩きが左右非対称である

これまでの研究から「脳卒中患者さんのバランス能力の低下」と「歩行能力の低下」には関連性があることが報告されています。

バランスが悪いから歩きかたが悪くなる

さて、次に考えないといけないのは、「バランス能力が低下しているから歩行能力が低下する」のか「歩行能力が低下しているからバランス能力が低下する」のか、です。

今回紹介した研究は、バランスと歩きかたが「関連している」ことを報告しているに過ぎず、因果関係、つまり「バランスが悪いから歩きかたが悪くなる」とは明言していません。

報告されているのは、あくまでも「バランスが低下した人たちの歩行の特徴」であったり、「バランスの低下が大きいほど歩きかたの乱れも大きい」という事実です。

ただ、私自身は『バランスの低下があるから歩き方が乱れる』と考えています。

そう考える理由は2つあります。

理由①:バランスの低下が歩きかたを変えることがあるから

理由のひとつ目は、バランスの低下が歩きかたを変えることがあるからです。

例えば、雪が積もった道路を歩くときのことをイメージしてみてください。

転ばないようにするために、膝を曲げて歩いたり、歩幅を狭くして歩く必要があります。

これは、バランスが悪い状況での「補償的な動き」であり、ヒトが持つバランス戦略のひとつです。

脳卒中患者さんにおいても、バランスの低下を補うためにロッキング歩行を使って関節の安定性を高めたり、股関節を屈曲してくの字になって歩くことによって脚の外側の靭帯に頼りながら歩く、という現象が観察されます。

理由②:歩きかたを変えてもバランスが低下することはないから

理由のふたつ目は、歩きかたを変えてもバランスが低下することはないからです。

バランスがよい人が、あえて膝を伸ばし切って歩いたり、骨盤を引き上げるように歩いたとしても、バランス能力そのものが低下するわけではありません。

例えば、歩きかたを変えることによって、BBSのテスト項目である方向転換や片足立ちにおけるバランスが低下することは考えにくいです。

まとめ:バランスが悪いから歩きかたが悪くなる

これらのことから、もちろん例外はあるとは思いますが、基本的にはバランスの低下が歩きかたの乱れを引き起こすと考えるのが自然だと考えています。

バランスの低下を補い、歩行中に転倒することを防ぐために、歩きかたの乱れを起こしている、起こさざるを得なくなっている、というイメージです。

これらを踏まえると、歩きかたの乱れを改善するためには、まずバランス能力を改善する必要があるかもしれません。

バランスが低下している状態では、たとえ歩きかたを矯正しようとしても、バランスを補うために元の歩きかたに戻ってしまう可能性があります。

そのため、バランスが低下している方においては、まずはバランス能力を向上させ、一定の基準、例えば2024年の研究で定義された「BBS45点以上」などを目指すことが重要です。

バランス能力が向上してから、歩きかたを矯正するトレーニングに取り組んだ方がよいのではないかと考えています。

一方、すでにバランス能力が高い状態の方は、歩きかたを矯正するトレーニングにすぐに取り組んでいただいて問題ないと考えます。

まとめ

最後に本記事のまとめです。

歩きかたをよくするためにバランスを鍛えるべき理由は以下の3つです。

  • バランスが低下している人は歩きかた(脚の関節角度)に異常があることが、科学的に明らかになっているため
  • バランスが低下している人は歩きが左右非対称であることが、科学的に明らかになっているため
  • バランスがよくないから歩きかたが乱れると考えられるため

「歩きかたをよくしたい」とお考えの方で、なかなか成果が上がらない場合は、担当セラピストさんに相談し、バランス能力の評価を受けてみてはいかがでしょうか。

なお、脳卒中後の歩行リハビリについてはこちらの記事にまとめていますので、よかったらご覧ください。

なお、本記事では「バランス」と「歩きかた」という2軸に絞って解説しましたが、リハビリ現場ではこれらに影響を与える他の因子も考慮する必要があります。

例えば、麻痺側下肢の

  • 運動機能
  • 感覚障害
  • 痙縮

などです。

痙縮によってバランスと歩きかた、どちらにも問題が生じているケースもあります。

そのため、患者さん一人ひとりに合わせた包括的なアセスメントとリハビリプログラムの設計が非常に重要です。

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参考文献

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