脳卒中リハビリテーションのひとつに『ボバース・コンセプト』(以下、ボバース)があります。
ボバースは昔から行われているリハビリのひとつですが、2025年に至るまで、その有効性を報告したエビデンスはほとんどありません。
ボバースのエビデンスについてはこちらの記事にまとめていますので、ご興味がある方はよかったらこちらをご覧ください
そして、2022年に公開された 「Neurodevelopmental Therapy for Cerebral Palsy: A Meta-analysis」(PMID: 35607928)という論文で、ボバースの廃止が提唱されました。
この論文は、脳性麻痺児に対するボバースの有効性を検証したシステマティックレビューであり、メタアナリシスの結果、ボバースの有効性は否定されました。そして、論文の結論では 「脳性麻痺におけるボバースの廃止が必要である」 と明言されています。
そんな中、2024年5月、ボバースセラピストである Margaret Mayston博士 が、小児リハビリテーションにおける新しいボバースのモデルを発表しました。
これに対し、学術雑誌には「Letter to the Editor」を通じた批判や議論が寄せられました。
小児・成人のリハビリテーションにおいてボバースの有効性が否定されつつある現在、この議論は今後のリハビリテーションの方向性を左右する重要なトピックとなり得ます。
今回は、この議論について紹介します。
情報の信頼性について
・本記事はBRAIN代表/理学療法士の針谷が執筆しています(執筆者情報は記事最下部)。
・本記事の情報は、信頼性の高いシステマティックレビュー研究から得られたデータや、学術雑誌に投稿されたLetter to Editorを引用しています。
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2020年以降、ボバースの有効性に否定的なエビデンスが続出
近年、システマティックレビューを通じてボバースの有効性が否定される傾向が続いています。
例えば、2021年の論文では、成人の脳卒中患者に対するボバースの有効性が検討されました。
このレビューを簡単にまとめると、
- ボバースはPNFや整形外科的アプローチと比べると有用
- しかし、課題指向型訓練やCI療法と比べると有用とは言い難い
とされています。
また、2023年の論文では、成人の脳卒中上肢リハビリにおいて
- ボバースよりも課題指向型訓練の方が有効
- ボバース vs 上肢運動(Arm movements)、ロボット、運動イメージでは両者同等か、ボバースがやや劣る
…と報告されています。
さらに、2020年の論文では、成人の脳卒中歩行リハにおいて
- ボバースよりも課題指向型訓練の方が有効
- ボバースの効果は複合介入や筋力トレーニングと同程度
…と示されています。
このように、2020年以降、ボバースの有効性を否定するシステマティックレビューが相次いで公開されているという事実があります。
『ボバースは廃止すべき』 -2022年の提言-
冒頭で紹介した 2022年の「Neurodevelopmental Therapy for Cerebral Palsy: A Meta-analysis」は、システマティックレビューを通じて脳性麻痺児に対するボバースの有効性を否定しました。
結果として、
- ボバースを行ったときと『リハビリをしないとき』や『ストレッチやROMex.をするとき』とで、リハビリの結果に大きな違いが見られない
- ボバースよりも他のリハビリの方が明らかに効果が高い
…ということが明らかになりました。
これを踏まえ、この論文の著者である Anna Te Velde氏 は、「ボバースの廃止が必要である」と強く主張しています。
- 政策変更
- 資金提供の再編
- 科学的根拠のある他のリハビリ教育
など、廃止に向けた具体的な提案も行われています。
今回のように、ボバースの廃止を明確に訴える意見は珍しいですが、ボバースの有効性については長年にわたり議論が続いてきました。
特に、1990年にアメリカ理学療法学会(APTA)が開催した「II Step Conference」 では、ボバースに対する問題提起が公になされました。
それから約35年が経過しましたが、近年、これまでのエビデンスがシステマティックレビューとして統合された結果、ボバースの有効性を否定する研究が大半を占める状況となっています。
それにもかかわらず、現在もリハビリとしてボバースが実施され続けていることは、患者さんにとって不利益となっていると言われても仕方がない状況です。
2022年に Anna Te Velde氏 によって提唱された「ボバースの廃止」は、「ボバースが嫌いだから廃止すべき」という単なる感情論ではなく、
「有効性が否定されており、リハビリとして不適切だから廃止すべき」
…という建設的な提言です。
しかし一方で、ボバースのセラピストたちには、ボバースをさらに進化させようとする動きがみられます。
ボバースの新しいモデル公開とその反響
2024年5月、ボバースのセラピストである Margaret Mayston博士は、2024年の論文にて、新しいボバースのモデルとして 「ボバース臨床推論フレームワーク」 を公開しました。
このモデルは、従来のボバースを基盤としつつ、現代の視点と知識を取り入れ、より効果的な治療を目指すものとされています。
特に脳性麻痺などのお子さんのリハビリにおいて有用であり、個々のニーズに合わせたオーダーメイドの治療を行うのに役立つと主張されています。
今回に限らず、ボバースは数年ごとに新しいモデルを作成・公開してきました。
例えば、成人の脳卒中リハビリ領域では、2017年に公開されたモデルが現在も使用されています。
ボバースが進化しようとしていることは間違いありません。
しかし、今回の新しいモデルに対して、ボバースのセラピストからは賞賛の声が上がっている一方で、ボバースのセラピストではない専門家からは批判的な意見も寄せられています。
『リブランディングで新しいモデルの有効性を判断するべきではない』 -ボバースではない専門家からの意見
ボバースの新しいモデルを発表した Margaret Mayston博士 らの論文に対し、Diane Damiano博士 は以下のような問題提起を行いました。
- ボバースと神経発達治療(NDT)の有効性は数十年にわたり議論されてきたが、信頼できるエビデンスはこれらを支持していない
- これらの療法は廃止されるべきである(Anna Te Velde, 2022)
- ボバースの新しいモデルは、ボバースのセラピストの意見に基づいて考案されたものであり、実際に誰かが良くなったというデータはない
- 過去の研究では、ボバースよりも他のリハビリの方が優れた結果を示している
- 新しいモデルの有効性は、適切な研究によって検証されるべきである
著者らは最後に、
「データではなくリブランディングが、新しいモデルを判断する基準となるべきではない」
と強く主張しています。
リハビリの見た目や名称を変更したからといって、それが有効であるとは限らない、というのがDamiano博士の指摘です。
本当に有効かどうかを判断するには、科学的なデータと研究結果に基づいた証拠が必要です。
Damiano博士は、「見た目やイメージではなく、客観的な治療効果の測定が重要」 であると強調しています。
『ボバースはひとつの治療ではなく臨床推論の枠組みである』 -ボバースの主張-
Diane Damiano博士の批判的な主張に対し、ボバースセラピストの Margaret Mayston博士および Sofie Blomme氏は以下のように反論しています。
- ボバースをひとつのリハビリ手法として捉えるのではなく、臨床推論の枠組みとして理解すべきである
- ボバースの新しいモデルによる個別化されたアプローチを検証するためには、大規模な国際的コラボレーションや多施設研究が必要である
簡単に言えば、
「ボバースは他のリハビリ手法のような“治療”ではなく、リハビリの進め方のひとつであるため、従来の研究デザインでその有効性を評価するのは不適切である」
…という主張です。
2024年に行われた学術的な議論は、このやり取りをもって一旦の区切りを迎えました。
しかし、「ボバースは進化し続けるべきか、それとも廃止すべきか」 というテーマは今後も議論される可能性があります。
この議論はいつまで続くのか?
以上、2022年〜2024年に学術雑誌を通じて行われた議論を紹介しました。
近年、小児領域だけでなく成人領域でも、ボバースの有効性を否定するシステマティックレビューが報告されるようになっています。
ちなみに、2021年のシステマティックレビュー 「The Bobath Concept (NDT) as rehabilitation in stroke patients: A systematic review」でボバースの有効性が否定された際、ボバースのインストラクターである ポーランドの理学療法士 Sliwka Agnieszka氏 は、
「システマティックレビューに取り込まれた研究では “最新のボバース” が用いられていない」
と反論しています。
ボバースは「最新のボバース」を更新し続ける
ボバースは数年ごとに新しいモデルを公開し、「最新のボバース」を更新し続けています。
この流れは、今後も繰り返されることが予想されます。
予想される今後の展開
① ボバースの有効性を否定するエビデンスが発表される
↓
② ボバース側は新しいモデルを作り、「有効性が否定されたのは過去のボバース」と主張
↓
③ 新しいモデルの有効性を否定するエビデンスが出る
↓
④ ボバース側はまた新しいモデルを作り、「有効性が否定されたのは過去のボバース」と主張
↓
(以下、無限ループ)
だからこそ、Diane Damiano博士が主張する「データではなくリブランディングが、新しいモデルを判断する基準となるべきではない」 という指摘が重要になってきます。
ボバースは、新しいモデルの有効性を公開前に検証すべき?
ボバースは、新しいモデルを公開する前に、その有効性を自分たちで検証し、有効性が確認された後に公開すべきなのかもしれません。
もし、「ボバースはこれまでの研究方法では検証できない」…というのなら、新しい研究方法も自分たちで考案すべきでしょう。
一方で、それができないのであれば、 「有効性が実証されていない(=自分たちで実証してこなかった)」…という事実を受け入れ、2022年の提言にあるように、廃止を検討するのもひとつの選択肢かもしれません。
そうでなければ、この議論は 今後数十年、繰り返されることになります。
これまでのエビデンスが示す通り、ボバースが有効とは言えないのであれば、この議論が続くことで最も不利益を被るのは、ボバースを受け続ける患者さんたちです。
患者さんの利益を最優先に考えるのであれば、自分たちに厳しく向き合う姿勢も必要です。
この問題にいつか真剣に向き合わなければならない時が来るはずです。
そして、議論が行われた翌年である2025年は、そのタイミングとして適しているかもしれませんね。
良い方向へ解決することを願っています。
参考文献
Te Velde A, Morgan C, Finch-Edmondson M, McNamara L, McNamara M, Paton MCB, Stanton E, Webb A, Badawi N, Novak I. Neurodevelopmental Therapy for Cerebral Palsy: A Meta-analysis. Pediatrics. 2022 Jun 1;149(6):e2021055061. doi: 10.1542/peds.2021-055061. PMID: 35607928.
Mayston MJ, Saloojee GM, Foley SE. The Bobath Clinical Reasoning Framework: A systems science approach to the complexity of neurodevelopmental conditions, including cerebral palsy. Dev Med Child Neurol. 2024 May;66(5):564-572. doi: 10.1111/dmcn.15748. Epub 2023 Aug 31. PMID: 37653669.
Michielsen M, Vaughan-Graham J, Holland A, Magri A, Suzuki M. The Bobath concept – a model to illustrate clinical practice. Disabil Rehabil. 2019 Aug;41(17):2080-2092. doi: 10.1080/09638288.2017.1417496. Epub 2017 Dec 17. PMID: 29250987.
Damiano D, Novak I. Bobath, NeuroDevelopmental Therapy, and clinical science: Rebranding versus rigor. Dev Med Child Neurol. 2024 May;66(5):668. doi: 10.1111/dmcn.15844. Epub 2024 Jan 12. PMID: 38214960.
Mayston M, Saloojee G, Foley S. The Bobath Clinical Reasoning Framework: Open to debate. Dev Med Child Neurol. 2024 May;66(5):671-672. doi: 10.1111/dmcn.15881. Epub 2024 Feb 11. PMID: 38343029.
Blomme S. The Bobath Clinical Reasoning Framework for neurodevelopmental conditions: A call for collaboration instead of de-implementation. Dev Med Child Neurol. 2024 May;66(5):667. doi: 10.1111/dmcn.15776. Epub 2023 Oct 9. PMID: 37814491.