最初にお知らせですが、5月9日(日)、済生会東神奈川リハビリテーション病院の中村学先生に御登壇いただき、「脳卒中後の歩行障害に対するリハビリテーションの臨床的意思決定」というテーマでセミナーを開催します。
脳卒中の患者さんの歩行障害って個別性が高い分野ですよね。
人によって歩き方が違うし、仮に同じようなぶん回し歩行で歩いている2人の患者さんであってもぶん回し歩行を引き起こしている原因は様々です。
それに加え、歩行に対するリハビリも複数の種類があり、どの患者さんにどのようなリハビリが適するのか、というのは判断に迷うところでは無いでしょうか。
中村先生のセミナーでは脳卒中患者さんの歩行障害に対して、どのように臨床的な意思決定をすべきかというのをお教えいただきます。
そしてこの音声や記事では、セミナーに向けた予習をするという目的で、臨床意思決定に関わる知識や、脳卒中患者さんの歩行の一般的な特徴についてシリーズでお伝えします。
今回は、「リハビリプログラムを継続すべきか〜患者さんに生じるバイアスを3つ紹介〜」です。
患者さんが入院されて、リハビリをはじめて、1ヶ月や2ヶ月経過したときに評価をしますよね。
患者さんが入院時と比べて良くなったかどうか評価して、よくなっていないのであればリハビリプログラムを変更することもあると思います。
このプログラムの変更については、もちろん患者さんのご意向が大事になってきます。
とは言え、何でもかんでも患者さんのご意向に沿って進めてしまうと、結果的に患者さんにとってマイナスになることがありますよね。
明らかにリハビリプログラムを変えた方がいいのに、患者さんが変えないことを望んでいるケースとか。
患者さんが適切に判断するためには、リハビリプログラムを変えるメリット・デメリットについてセラピストが患者さんへわかりやすく説明して差し上げるというのは大前提ではありますが、患者さんが偏った判断をしてしまう場合、患者さんにバイアスが発生していることがあります。
より良いリハビリテーションを進めていく上では患者さんのバイアスをセラピストが捉え、バイアスを解く必要があります。
そのためにはコミュニケーションにおいてどのようなバイアスが生じるのかを把握しておく必要があります。
今回は、リハビリのプログラム変更時に発生しやすい3つのバイアスについて紹介させていただきます。
患者さんに生じるバイアスを3つ紹介
バイアスというのはたくさんあります。
とてもたくさんあります。
今回は「サンクコスト・バイアス」「現状維持バイアス」「利用可能性ヒューリスティック」の3つを紹介させていただきます。
これらはリハビリにおける意思決定でよく見られるバイアスです。
それぞれのバイアスを説明
まずは「サンクコスト・バイアス」です。
サンクコスト・バイアスというのは「ここまでこれでやってきたんだから」という過去の経験が現在の判断を歪めてしまうものです。
例えば、入院してから1ヶ月、筋トレをやってきた患者さんがいます。
でも、1ヶ月後の評価で身体機能やADLなどがあまり良くなっていませんでした。
そこでセラピストが「筋トレをやってきましたがあまり良くなっていないので、別のリハビリに変えましょうか」と伝えたとしても「いや、ここまでやってきた筋トレを今やめてしまうのはもったいない」というふうにリハビリプログラムの変更を拒否されてしまうようなケースです。
患者さんにとってはここまで積み上げてきた、という意識があるので、筋トレをやめてしまうと今までの積み上げが無駄になってしまうような感覚に陥るのかもしれませんが、筋トレを継続しても今後の改善可能性が低いのであれば、現状の最善の判断としては、改善が期待できる別のリハビリ方法を選択した方が良いでしょう。
患者さんに対して、改めてリハビリプログラムを提案し直し、それぞれのメリット、デメリットを伝え、筋トレの継続がベストなのかどうか改めてディスカッションする機会を設けた方が良さそうです。
続いて、「現状維持バイアス」です。
現状維持バイアスというのは、「今のままがいい」という、現状の状態を変えてしまうことを損失とみなしてしまうのが原因で生じるバイアスです。
例えば訪問リハビリで患者さんのリハビリをずっとやっていたとします。
患者さんはご高齢の方で、筋力の低下やバランス能力の低下が認められます。
これまではその状態でも杖を使うことなく自宅内外を歩くことができていました。
ですが、先日、外を歩いていた時に転倒してしまいました。
また、直近にとっていた筋力やバランスの検査では筋力の低下やバランスの低下を認めていました。
これらのことからセラピストは患者さんに、「筋力も低下してきていますし、バランスも低下してきていますし、先日転んでしまいましたし、今後は杖や歩行器を使って歩くようにしましょう」と提案しました。
でも患者さんは「杖を使って歩いてしまったらもう杖なしでは歩けなくなってしまう」という理由で拒否されました。
転倒してしまったら骨折する可能性があり、長期間の入院、廃用症候群によるさらなる筋力・バランス低下が生じる可能性がありますよね。
なので杖や歩行器の使用がベターという状況だとしても、現状維持バイアスによって杖や歩行器の使用を拒んでしまうというケースです。
この場合、患者さんが今後の転倒リスク、そして最悪転倒した場合にどうなる可能性があるかについて理解した上で杖や歩行器を使いたく無いと判断しているのか、それとも現状維持バイアスにかかってしまっているだけなのか判断する必要があります。
現状維持バイアスにかかってしまっているのであれば、今後の転倒リスクや最悪転倒した場合にどうなる可能性があるかについてしっかり説明しましょう。
続いて、「利用可能性ヒューリスティック」です。
これは医学的に証明されている治療法よりも身近で目立つ情報を優先して意思決定してしまうケースです。
最近だとYouTubeなどもあって、患者さんがリハビリの情報を得やすくなってきていますよね。
これは個人的な意見ですが、現状の情報発信はリハビリについて満遍なく客観的なデータに基づいて平等に情報発信されているというよりも、特定の治療法や特定の考え方をプッシュしたいセラピストが発信したもの勝ちのような状況になっているので、患者さんとしてはインターネットでよく見るリハビリがいいリハビリなんだ、正しいリハビリなんだ、と判断してしまいがちです。
また、一昔前、特定のリハビリ方法がテレビで放送され、翌日からは患者さんから「○○法でやってくれ」と言われることがありました。
これは私だけでなく多くのセラピストさんが経験したことでは無いでしょうか。
その時、「○○法」はたしかに研究論文が出ておりエビデンスもありましたが、まだまだ出てきたばかりの方法で、他のリハビリ方法を押しのけて第一選択とすべきと即決できるような状況ではありませんでした。
このように、セラピストとしては別の方法がベターだと考えていても、患者さんとしてはテレビを観て「○○法」をやってほしい!と思ってしまうようなことを利用可能性ヒューリスティックと言います。
これはあるあるなので、利用可能性ヒューリスティックの疑いがあると考えたら、患者さんの目標に向かうためのリハビリ方法について整理してお伝えし、それぞれのメリットやデメリットなどについて客観的に伝えて、患者さんの考えを整理して差し上げることが大事になります。
「患者さんが言ってるから…」で自分を納得させない
これは私自身の反省でもあるのですが、リハビリプログラムの決定をする時「患者さんの意見を尊重しないといけない」と盲目的になり、患者さんのご意向に従うという意思決定をしていました。
でも、先ほどお伝えした通り、患者さんの判断がバイアスによって歪められていた場合、もしかしたら本来、患者さんにとっての望まない結果を導いてしまうかもしれません。
患者さんにとってマイナスになってしまう判断を患者さんがされたとしても、リハビリプログラムについてメリットとデメリットを正しく理解した上でそう判断されているのであれば問題ありません。
それは患者さんのご意向です。
ただ、リハビリプログラムについてメリットとデメリット、今後のリスクや展望など、そう言ったことをうまく伝えられず、患者さんがバイアスにかかった判断をしてしまって、結果として患者さんが望まない結果につながってしまうのであれば、それは完全にセラピストの責任です。
なので、「患者さんが言っているから」で自分を納得させるのではなく、「そもそも自分は正しく患者さんに情報を伝えられたのか?」とか「患者さんは正しく状況を理解してくれただろうか?」という視点を持ってコミュニケーションをとることが大事だと思います。
本日は「リハビリプログラムを継続すべきか〜患者さんに生じるバイアスを3つ紹介〜」というテーマでお話しさせていただきました。
お知らせですが、5月9日(日)、済生会東神奈川リハビリテーション病院の中村学先生に御登壇いただき、「脳卒中後の歩行障害に対するリハビリテーションの臨床的意思決定」というテーマでセミナーを開催します。
当日は、歩行障害に特化した内容で、エビデンスを交えて臨床意思決定についてお教えいただく予定です。
よかったらご参加ください。
また、BRAINでは脳卒中EBPプログラムというオンライン学習事業を運営しております。
2021年前期はおかげさまで満員御礼となりましたが、後期は10月から開始、募集は7月ごろから開始する予定です。
ご興味がある方はよかったらホームページを覗いてみてください。
それでは今日もリハビリ頑張っていきましょう!