
MAS(Modified Ashworth Scale)は、脳卒中リハビリテーションで最も広く使われている痙縮(けいしゅく)の評価指標です。
この記事では、MASの正しい測定方法から、各グレードの定義、信頼性・妥当性・反応性(MDC・MCID)、痙縮の有無や重症度のカットオフ値、脳卒中後痙縮の有病率と経時変化までを、2026年時点の最新エビデンスに基づいて網羅的に解説します。
臨床で「この痙縮は本当に改善したのか?」と迷ったときの判断基準として、ぜひご活用ください。
情報の信頼性について
・本記事はBRAIN代表/理学療法士の針谷が執筆しています(執筆者情報は記事最下部)。
・本記事は、脳卒中専門リハビリ施設BRAINが運営するBRAINアカデミーアドバンスコース歩行の講義内容をもとに、最新の査読付き論文エビデンスを加えて作成しています。

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概要
MASは、患者の関節を他動的に動かしたときに感じる「抵抗感」を6段階で評価する検査です。
脳卒中後の痙縮の程度を簡便に記録でき、ボツリヌス毒素療法の効果判定やリハビリテーション計画の立案に広く使用されています。
ただし、MASは「痙縮」だけでなく「筋や軟部組織の粘弾性変化」も含めた抵抗感を測定しているという限界があり、この点については後述します。
測定方法
以下のグレード定義と手順は、MASの原著論文であるBohannon & Smith(1987)に基づいています。
同論文では、Ashworth(1964)が開発した5段階スケールにグレード「1+」を追加し、下位グレードの弁別力を向上させました。
各グレードの定義(Bohannon & Smith, 1987)
| グレード | 定義 |
|---|---|
| 0 | 筋緊張の亢進なし |
| 1 | わずかな筋緊張の亢進。他動運動の終末域で引っかかり(catch)と解放、または最小限の抵抗を認める |
| 1+ | わずかな筋緊張の亢進。引っかかり(catch)の後、可動域の残り半分未満にわたって最小限の抵抗が続く |
| 2 | 可動域の大部分にわたる筋緊張の明らかな亢進。ただし罹患部位は容易に動かせる |
| 3 | 筋緊張の著明な亢進。他動運動が困難 |
| 4 | 罹患部位が屈曲位または伸展位で強直(固まって動かない状態) |
検査手順(Bohannon & Smith, 1987; StatPearls; Strokengine)
- 患者をリラックスさせ、検査台上に仰臥位(上肢の場合)または側臥位(下肢の場合)をとらせる
- 対象となる関節を最大屈曲位(または最大伸展位)に保持する
- 約1秒間で、全可動域にわたって他動的に関節を動かす(スムーズに、急激な力は加えない)
- 他動運動中に感じる抵抗感を、上記の6段階で判定する
- 各筋群について記録する
実施上の注意点
- 評価速度を一定に保つ(約1秒で全可動域)。速度が変わるとスコアが変わる
- 患者が力を抜いていることを確認する(随意的な筋収縮が混入するとスコアが変わる)
- 代償運動が出ないよう肢位を適切に固定する
- 評価時間を統一する(抗痙縮薬の影響を考慮し、毎回同じ時間帯に評価)
- 繰り返し評価は同一検査者が行う(検者間で誤差が生じやすいため)
- 初期肢位、他動関節可動域(ROM)、疼痛の有無を併せて記録する
よく測定される筋群
- 上肢:肩関節周囲筋、肘屈筋・伸筋、手関節屈筋・伸筋、手指屈筋
- 下肢:股関節内転筋、膝屈筋・伸筋、足関節底屈筋(腓腹筋・ヒラメ筋)
日本語版について
MASには公式な翻訳妥当性検証を経た日本語版は存在しませんが、日本のリハビリテーションでは事実上の標準として日本語訳が広く使用されています。
辻ら(2002)は日本人脳卒中片麻痺患者を対象にMASの検者間信頼性を検証し、評価基準マニュアルの使用が信頼性向上に有用であったと報告しています。
信頼性
MASの信頼性は「どの筋群を評価するか」で大きく異なります。
上肢(特に肘屈筋)の信頼性は良好ですが、下肢(特に足関節底屈筋)の信頼性は低い傾向があります。
検査者内信頼性(Intra-rater reliability)
| 著者(年) | 信頼性指標 | 対象者 |
|---|---|---|
| Gregson JM (1999) | 重み付きκ = 0.83(肘屈筋) | 急性期脳卒中患者 32名 PMID: 10489001 |
| Gregson JM (2000) | 重み付きκ = 0.83〜0.94(肘・手関節・膝) 重み付きκ = 0.64(足関節底屈筋) | 急性期脳卒中患者 35名 PMID: 10855904 |
| Blackburn M (2002) | Kendall τ-b = 0.567 一致率 73.3% | 脳卒中患者 36名(下肢) 急性期20名 + 慢性期16名 PMID: 11784275 |
| Li F (2014) | κ = 0.69(肘屈筋) κ = 0.48(足関節底屈筋) | 片麻痺患者 51名 PMID: 24309501 |
| Vidmar G (2023) | κ = 0.71〜0.94(上肢) κ = 0.55〜0.97(下肢) | 脳卒中患者(13筋群) PMID: 37121531 |
検査者間信頼性(Inter-rater reliability)
| 著者(年) | 信頼性指標 | 対象者 |
|---|---|---|
| Bohannon RW (1987) | Kendall τ = 0.847 一致率 86.7% | 頭蓋内病変患者 30名(肘屈筋) (脳卒中24名含む) PMID: 3809245 |
| Gregson JM (1999) | 重み付きκ = 0.84(肘屈筋) | 急性期脳卒中患者 32名 PMID: 10489001 |
| Gregson JM (2000) | 重み付きκ = 0.96(肘屈筋) 重み付きκ = 0.89(手関節屈筋) 重み付きκ = 0.79(膝屈筋) 重み付きκ = 0.51(足関節底屈筋) | 急性期脳卒中患者 35名 PMID: 10855904 |
| Blackburn M (2002) | Kendall τ-b = 0.062 一致率 42.5〜50% | 脳卒中患者 36名(下肢) PMID: 11784275 |
| Ansari NN (2008) | κ = 0.514(上下肢6筋群平均) | 脳卒中患者 PMID: 18560139 |
| Li F (2014) | κ = 0.66(肘屈筋) κ = 0.48(足関節底屈筋) | 片麻痺患者 51名 PMID: 24309501 |
メタアナリシス統合値
Meseguer-Henarejos et al.(2018)は33研究・1,065名を統合したメタアナリシスで、以下のプール推定値を報告しています。
| 部位 | 検者間 ICC(95%CI) | 検者内 ICC(95%CI) |
|---|---|---|
| 上肢 | 0.781(0.679〜0.853) | 0.748(0.671〜0.809) |
| 下肢 | 0.686(0.563〜0.780) | 0.644(0.543〜0.726) |
出典:Meseguer-Henarejos et al., 2018; PMID: 28901119
MASの信頼性は筋群によって大きく異なります。肘屈筋の検者間信頼性は優秀(κ = 0.84〜0.96)ですが、足関節底屈筋は中等度〜不十分(κ = 0.48〜0.51)です。繰り返し評価は可能な限り同一検査者が行うことが推奨されます(Meseguer-Henarejos, 2018)。
妥当性
収束的妥当性(Convergent validity)
| 比較指標 | 相関係数 | 対象者 | 著者(年) |
|---|---|---|---|
| Fugl-Meyer Assessment | r = -0.94 | 脳卒中患者 PMID: 1554307 | Katz RT (1992) |
| Fugl-Meyer Assessment | ρ = -0.83〜-0.76 | 脳卒中患者 PMID: 10326915 | Lin FM (1999) |
| 握力 | ρ = -0.86〜-0.85 | 脳卒中患者 PMID: 10326915 | Lin FM (1999) |
| EMG(筋電図) | r = -0.79 | 脳卒中患者 PMID: 1554307 | Katz RT (1992) |
| 生体力学的抵抗 | ρ = 0.511 | 脳卒中患者 PMID: 12735536 | Pandyan AD (2003) |
| Fugl-Meyer上肢 | r = -0.72 | 脳卒中患者 PMID: 26640298 | Lee KB (2015) |
弁別妥当性(Known-groups validity)
MASの弁別妥当性には限界が指摘されています。
- Bakheit et al.(2003)は、H反射潜時やH/M比においてMASグレード1群と2群に有意差がないことを報告しました(PMID: 12700310)
- Pandyan et al.(2003)は、生体力学的測定でMASグレード0と1以上の間には有意差があるものの、グレード1・1+・2の間には有意差が認められないことを実証しました(PMID: 12735536)
MASはFugl-Meyer Assessmentや握力と高い相関を示し、痙縮が強いほど運動機能が低下するという臨床的な妥当性が支持されています。
ただし、MASの隣接グレード間(特に1と1+と2)の弁別は不十分であり、微細な変化の検出には限界があります。
変化の検出と解釈(MDC・MCID)
MCID(臨床的に意味のある最小変化量):患者さんにとって「意味のある改善」と感じられる最小の変化量
MASは順序尺度(0, 1, 1+, 2, 3, 4の6段階)であるため、連続変量を前提とするSEM(測定の標準誤差)の算出が方法論的に困難です。
そのため、SEM値の報告はなく、MDCも厳密な統計的算出ではない点に留意してください。
MDC
| 著者(年) | MDC | 対象者 |
|---|---|---|
| Shaw L (2010) | 約1点 | 脳卒中後上肢痙縮患者 333名 BoTULS多施設RCT PMID: 20515600 |
臨床のポイント
MASが1点以上変化していれば「測定誤差ではない変化」と解釈できます。例えば、肘屈筋のMASが3→2に改善した場合、これは臨床的に意味のある変化と判断できます。
MCID
| 著者(年) | MCID | 対象者 | 方法 |
|---|---|---|---|
| Chen CL (2019) | 上肢:0.76点 下肢:0.73点 | 脳卒中患者 115名 6ヶ月フォローアップ PMID: 30868834 | Distribution-based (0.8SD基準) |
| Chen CL (2019) | 上肢:0.48点 下肢:0.45点 | 同上 | Distribution-based (0.5SD基準) |
MCID(上肢0.76点・下肢0.73点):MASが1段階変化すれば「臨床的に意味のある改善」と解釈可能
MASは順序尺度であるため、最小の変化単位は1段階です。つまり、MASが1段階以上改善していればMDCとMCIDの両方を超えていることになります
反応性(SRM)
Chen et al.(2019)は、MASの反応性をSRM(Standardized Response Mean)で評価し、上肢0.99・下肢0.82と報告しています。これは「高い反応性」を示し、MASは痙縮の変化を十分に検出できることを意味します(PMID: 30868834)。
カットオフ値
MASは連続変量ではなく順序尺度であるため、TUGやBBSのような「○点以上で転倒リスク」というカットオフ値とは性質が異なります。
ここでは、臨床と研究で広く使われている痙縮の重症度分類を紹介します。
痙縮の重症度分類
| MASスコア | 臨床的解釈 | 出典 |
|---|---|---|
| 0 | 痙縮なし | Bohannon RW (1987) |
| 1以上 | 痙縮あり(研究で最も広く使用される定義) | Opheim A (2014) Wissel J (2010) |
| 2以上 | 中等度痙縮(ボツリヌス毒素RCTの標準的組入れ基準) | Shaw L (2010) Wissel J (2010) |
| 3以上 | 重度痙縮 | Zeng H (2021) |
歩行機能のカットオフ値
Freire et al.(2023)は慢性期脳卒中患者を対象に、足関節底屈筋のMASスコアと歩行能力の関係を調査しています。
| 著者(年) | カットオフ | 対象者 | イベント | 感度 | 特異度 |
|---|---|---|---|---|---|
| Freire B (2023) | MAS > 2 (足関節底屈筋) | 慢性期脳卒中患者 PMID: 35171052 | 歩行速度低下 | 1.00 | 0.545 |
| Freire B (2023) | MAS ≤ 2 (足関節底屈筋) | 慢性期脳卒中患者 PMID: 35171052 | TUG良好 | 0.555 | 0.916 |
臨床のポイント
足関節底屈筋のMASが3以上の場合、歩行速度の低下がほぼ確実に予測されます(感度100%)。
一方、MASが2以下であれば、TUGが良好である可能性が高いと判断できます(特異度91.6%)。
足関節底屈筋のMAS=2が、歩行機能に関する臨床的な分岐点と考えられます(Freire, 2023)。
ボツリヌス毒素療法の適応
ボツリヌス毒素療法の適応について、Francisco et al.(2020)の国際コンセンサスでは「特定のMASスコアによる一律の適応基準は推奨しない」としています。
MAS ≥ 2を組入れ基準とする臨床試験が多いですが、実際の治療適応は機能障害への影響と患者の目標に基づいて個別に判断すべきとされています(PMID: 33057730)。
脳卒中後痙縮の有病率と経時変化
MASの記事では「規範的データ」の代わりに、脳卒中後にどのくらいの頻度で痙縮が出現し、どのように変化するかを紹介します。
脳卒中後痙縮の有病率
Zeng et al.(2021)のメタ解析(23研究を統合)によると、脳卒中後痙縮の有病率は以下の通りです。
| 時期 | 全脳卒中患者 | 片麻痺を有する患者 |
|---|---|---|
| 全体 | 25.3% | 39.5% |
| 1ヶ月以内 | 31.6% | 35.7% |
| 1〜3ヶ月 | 21.8% | 34.6% |
| 3〜6ヶ月 | 26.3% | 42.3% |
| 6ヶ月以降 | 24.2% | 45.4% |
出典:Zeng H et al., 2021; PMID: 33551975
痙縮の発症時期
Nam et al.(2019)は861名の初回脳卒中患者を対象とした全国調査で、痙縮の発症時期を調査しました。
- 最終的に痙縮が出現した患者の約50%が発症1ヶ月以内に痙縮を発現
- 25%が2ヶ月以内、12%が3ヶ月以内、13%が3ヶ月以降に発現
- 部位別では肘が最も高頻度で、次いで手関節、手指の順に出現(Nam, 2019; PMID: 31088768)
経時変化(縦断データ)
Opheim et al.(2014)は、初回脳卒中後に上肢麻痺を有する117名を1年間追跡しました。
| 評価時点 | 上肢痙縮有病率(MAS ≥ 1) |
|---|---|
| 発症3日目 | 25% |
| 発症10日目 | 43% |
| 発症4週目 | 46% |
| 発症12ヶ月 | 46% |
出典:Opheim A et al., 2014; PMID: 25180838
重度痙縮の経時変化
重度痙縮(MAS ≥ 3)は時間経過とともに増加する傾向があります(Zeng, 2021)。
| 時期 | 重度痙縮(MAS ≥ 3)の有病率 |
|---|---|
| 1ヶ月 | 2.5% |
| 1〜3ヶ月 | 5.0% |
| 6ヶ月 | 12.0% |
| 12ヶ月 | 14.9% |
出典:Zeng H et al., 2021; PMID: 33551975
臨床のポイント
脳卒中後の痙縮は急性期から出現し、発症10日目までに約4割の患者で認められます。
重度痙縮は1ヶ月時点では2.5%と少ないですが、12ヶ月には14.9%まで増加します。
早期から痙縮の有無を評価し、重度化を予防することが重要です。
また、上肢は下肢よりも重度痙縮に至りやすい(18.9% vs 5.5%)点にも注意が必要です(Zeng, 2021)。
痙縮の予測因子
| 予測因子 | オッズ比 | 出典 |
|---|---|---|
| 中〜重度の麻痺 | OR = 6.573(p < 0.001) | Zeng H (2021) |
| 出血性脳卒中 | OR = 1.879(p = 0.001) | Zeng H (2021) |
| 感覚障害(3〜6ヶ月時点) | OR = 1.99(p = 0.040) | Zeng H (2021) |
よくある測定ミス TOP5
MASはシンプルな検査に見えますが、以下のミスがあると信頼性が大きく低下します。
- 評価速度が統一されていない MASの測定速度は「約1秒で全可動域」が標準です。速度が速すぎると伸張反射が誘発されやすくなり、スコアが高く出ます。逆に遅すぎると痙縮を見逃します。毎回一定の速度で動かしましょう。
- 患者がリラックスできていない 随意的な筋収縮や防御性の緊張が混入すると、スコアが実際より高くなります。評価前に十分にリラックスさせ、会話をしながら注意をそらすなどの工夫が有効です。
- 異なる検査者が評価している MASの検者間信頼性は上肢では良好ですが、下肢では低い傾向があります(Blackburn, 2002)。経時的な変化を追跡する場合は、必ず同一検査者が評価してください。
- 評価する肢位が統一されていない 上肢は仰臥位、下肢は側臥位が推奨されています。肢位が変わると筋の緊張状態が変わり、スコアに影響します。毎回同じ肢位で評価しましょう。
- 痙縮と拘縮を区別していない MASは他動運動時の「抵抗感」を評価しますが、この抵抗感には痙縮(神経性)だけでなく拘縮(非神経性)も含まれます。MASスコアが高い場合、それが本当に痙縮なのか、関節拘縮による抵抗なのかをROMや速度を変えた評価で確認する必要があります(Pandyan, 1999)。
MAS・Modified Tardieu Scale・Fugl-Meyer Assessment:どれを選ぶ?
脳卒中患者の痙縮・筋緊張を評価する指標として、MAS・Modified Tardieu Scale(MTS)・Fugl-Meyer Assessment(FMA)はそれぞれ異なる特徴を持っています。
| 項目 | MAS | Modified Tardieu Scale | FMA(痙縮項目) |
|---|---|---|---|
| 測定対象 | 他動運動時の抵抗感全般(痙縮+非神経性抵抗を含む) | 速度依存性の筋反応(R1角度)+拘縮(R2角度) | 運動機能(共同運動・分離運動)+反射亢進 |
| 所要時間 | 5〜10分 | 10〜15分 | 30〜40分(全項目) |
| スコア形式 | 順序尺度(0〜4、6段階) | 質的スコア(X: 0〜5)+角度(R1, R2) | 0〜226点(上肢66点) |
| 痙縮と拘縮の鑑別 | 不可(混同する) | 可能(R1-R2差で鑑別) | 痙縮は反射項目で評価 |
| 速度依存性の評価 | 不十分(一定速度のみ) | あり(遅い速度と速い速度で比較) | なし |
| 最新の推奨 | 「痙縮の測定ではなく筋緊張の測定」として痙縮評価の推奨から除外(Gal, 2025) | 唯一の「推奨」痙縮ClinRO(Gal, 2025) | 運動機能の総合評価として推奨 |
| 特に有用な場面 | スクリーニング、BoNT-A効果判定、経時変化の簡便な追跡 | 痙縮の精密評価、拘縮との鑑別、治療計画の立案 | 運動機能の包括的評価、リハビリ効果の判定 |
BRAINでの使い分け
- まずMASで痙縮のスクリーニング:短時間で全筋群の痙縮の程度を把握
- Modified Tardieu Scaleで痙縮と拘縮を鑑別:MASスコアが高い筋群に対して、R1(速い速度で引っかかる角度)とR2(遅い速度で止まる角度)の差を確認。差が大きければ痙縮、差が小さければ拘縮が主因
- FMAで運動機能を包括的に評価:痙縮が運動機能にどの程度影響しているかを定量化し、リハビリプログラムに直結させる
Gal et al.(2025; PMID: 39629752)のスコーピングレビューでは、72種の痙縮評価ツールを分析した結果、Tardieu Scaleが唯一の「推奨」痙縮ClinROに選ばれ、Ashworth系スケールは「筋緊張の測定であり痙縮の測定ではない」として除外されました。
ただし、MASは世界で最も広く使われている臨床ツールであり、特にボツリヌス毒素治療の効果判定や多施設研究では引き続きデファクトスタンダードとして使用されています。
BRAINアカデミーでは、MAS・Modified Tardieu Scale・FMAの使い分けに加え、エビデンスに基づく痙縮マネジメントやShared Decision Making(SDM)の実践まで、臨床で即使えるスキルを体系的に学べます。
「痙縮の評価結果をどうリハビリに活かすか」を深く学びたい方はぜひご覧ください。

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BRAINの臨床意思決定フロー(BRAINオリジナル)
ここまでの数値の読み方を解説してきましたが、臨床現場で本当に難しいのは「測ったあと、明日のリハビリで何をするか」です。
このセクションでは、BRAINがこの評価指標の結果をどのように臨床判断に翻訳しているかを共有します。
査読付き論文に基づく事実と、BRAIN内部の運用ルール(意見)を分けて記載します。
グレード別の介入優先度の分類と、Tardieu併用による速度依存性の確認
事実
Bohannon RW & Smith MB(1987)はAshworth Scaleを修正してMASを6段階(0/1/1+/2/3/4)に整理しました。MASは順序尺度で、痙縮の有無と重症度を「速度依存的な抵抗の量」として測定します。
BRAINの判断
BRAINではMASを「治療優先度の振り分け指標」として使い、痙縮の真の構成要素(速度依存性の有無)を確認するためにTardieu Scaleを必要に応じて併用します。MASの数値だけで治療方針を決めることはありません。
MASの分類:
- 0〜1(軽度)→ 質優先:機能的な動作の中で痙縮を統合する。日常動作への般化を目指す
- 1+〜2(中等度)→ 構成要素優先:痙縮筋に対する局所介入(ストレッチ・電気刺激・ボツリヌス療法)を検討
- 3〜4(高度)→ 重症度優先:関節可動域の保持が最優先。装具・体位管理・受動的ROM維持
Tardieu Scale 併用によるボトルネックの特定:
- MASが高い × Tardieu R1とR2の差が大きい → 真の痙縮(速度依存性あり)。痙縮治療が有効
- MASが高い × Tardieu R1とR2の差が小さい → 拘縮が主体。ストレッチ・装具・ROM介入を優先
- MAS 1+ × 機能的影響が大きい → 動作中の高速運動で問題が表出。動的評価(歩行中のEMG等)を併用
- MAS 0 × 機能的問題あり → 痙縮以外の要因(筋力低下・協調性・固有感覚)を評価
MASは「痙縮以外の要因(拘縮・粘弾性変化・筋力)を区別できない」ことが最大の限界です。これを必ず意識します。
グレード変化を「改善/悪化」と判定する前の確認
事実
Pandyan AD(1999)はMASのkappa値が0.4〜0.6の範囲にあることを示し、検査者間の判定揺れが大きいことを指摘しています。Mehrholz J(2005)は痙縮の経時変化と機能障害の関連を報告しています。
BRAINの判断
BRAINでは「MASグレードが上がった/下がった」を即座に「悪化/改善」と判定せず、4ステップで確認します。
【MASが改善した(グレードが下がった)場合】
- 検査肢位・速度・採点者が前回と同じか確認(kappa値が低いため判定揺れに注意)
- 機能評価(FMA・ARAT・歩行)でも改善が確認できるか
- 患者本人のGROCで実生活での変化を確認
- 介入内容を維持し、次のボトルネックを特定
【MASが悪化した(グレードが上がった)場合】
- 痙縮の本当の悪化か、検査揺れか、計測時間(朝/夕、運動前/後)の違いか
- Tardieu Scale で速度依存性を再確認
- 機能評価との乖離をチェック
- ボツリヌス療法・経口薬・体位管理の見直しを検討
【グレードが変わらない場合】
- グレード内での質的変化を観察(同じMAS 2でも、抵抗の出現タイミング・範囲が変化している可能性)
- 機能指標(10MWT・TUG・FMA)の変化を確認
- 4週連続で変化なしなら、痙縮以外の要因にターゲットを移すことを検討
患者への結果説明(Shared Decision Making への接続)
事実
痙縮は患者にとってわかりにくい概念ですが、日常生活への影響は大きいため、SDMでの説明が特に重要
BRAINの判断
MASの結果を患者本人に説明する際、BRAINは以下の運用ルールを守ります。
- グレードだけを伝えない。「MAS 2でした」ではなく「肘を曲げる筋肉に強い緊張があり、伸ばすときに引っかかります。これが歩行時の腕の振りや、衣服の着脱に影響しています」と日常場面で言語化
- 経時変化はグラフで可視化(グレードを数値化して視覚的に)
- 痙縮以外の要因(拘縮・筋力)との関係を説明
BRAINで意図的に「やらない」5つの判断
事実と解釈の境界を明確にするため、BRAINではエビデンスが不十分な以下の判断を意図的に避けています。
これらは「絶対やってはいけない」のではなく、「現時点のエビデンスでは支持できないので、BRAINでは慎重を期して避けている」という運用ルールです。エビデンスが蓄積されれば見直す可能性があります。
- MASの数値だけで痙縮の本質を断定する → Tardieu Scaleで速度依存性を確認する
- MASだけで治療効果を判定する → kappa値が低いため、機能指標との併用が必須
- 検査肢位・速度・時間帯を変えての前後比較 → 標準化条件の遵守が前後比較の前提
- MAS 0を「痙縮なし=問題なし」と短絡的に判定する → 拘縮・筋力低下・協調性の評価を併用
- ボツリヌス療法後の評価をMASだけで行う → Tardieu Scaleと機能指標の両方で効果判定する
MAS カットオフ値かんたん判定ツール
MAS カットオフ値かんたん判定ツール
評価対象の筋群とMASスコアを選択すると、エビデンスに基づく臨床的な解釈を表示します。
※ この判定ツールは参考情報であり、臨床判断を代替するものではありません。患者個々の状態を総合的に評価してください。
※ カットオフ値の出典は記事本文の「6. カットオフ値」セクションをご参照ください。
ワークショップ:臨床判断トレーニング
以下の症例を読んで、MASの結果をどのように解釈すべきか考えてみましょう。「回答を見る」をクリックすると解説が表示されます。
MDCによる変化の判定
慢性期脳卒中患者(62歳男性)の右肘屈筋MASが、ボツリヌス毒素投与前:3 → 投与4週間後:2に変化しました。この1段階の改善は「本当に改善した」と言えますか?
回答:はい、臨床的に意味のある改善と言えます。
MASのMDCは約1点(Shaw, 2010)、MCID(上肢)は0.76点(Chen, 2019)です。今回の変化量は1段階(MAS 3→2)で、MDCとMCIDの両方を超えています。
さらに、肘屈筋のMASの検者内信頼性は高く(重み付きκ = 0.83〜0.94; Gregson, 1999/2000)、同一検査者が評価している場合は信頼性の高い変化と判断できます。
BoNT-A投与後のMAS 1段階の改善は、BoTULS試験(Shaw, 2010; PMID: 20515600)でも臨床的に有意な改善として報告されています。
痙縮と拘縮の鑑別
慢性期脳卒中患者(68歳女性)の右手関節屈筋のMASが2です。しかし、ゆっくり動かしても速く動かしても同じくらいの抵抗感があります。この「抵抗感」は痙縮でしょうか?
回答:拘縮(非神経性の抵抗)が主因である可能性が高いです。
- 痙縮は「速度依存性」が特徴です。速く動かすほど抵抗が強くなり、ゆっくり動かすと抵抗が弱くなるのが痙縮の本質です(Lance, 1980)
- ゆっくり動かしても速く動かしても同程度の抵抗がある場合、筋・軟部組織の短縮や関節拘縮が主因と考えられます
- MASはこの区別ができません。Patrick & Ada(2006; PMID: 16541938)は、Ashworth ScaleがTargetieu Scaleと比較して痙縮と拘縮の鑑別精度が低い(一致率63% vs 100%)ことを実証しました
- 推奨対応:Modified Tardieu Scaleで速い速度(V3)と遅い速度(V1)を比較し、R1(速い速度での引っかかり角度)とR2(遅い速度での最大可動域)の差を確認しましょう。差が小さければ拘縮が主因です
歩行機能とMASの関係
回復期病院に入院中の脳卒中患者(70歳男性)の左足関節底屈筋のMASが3です。歩行への影響と今後の方針をどのように考えますか?
回答:歩行速度低下がほぼ確実に予測され、積極的な痙縮管理が必要です。
- Freire et al.(2023; PMID: 35171052)によると、足関節底屈筋のMAS > 2は歩行速度低下を感度100%で予測します
- MAS = 3は「重度痙縮」に該当し(Zeng, 2021)、ボツリヌス毒素療法の適応を検討すべきレベルです
- 脳卒中治療ガイドライン2021では、ボツリヌス毒素は「推奨度A・エビデンスレベル高」とされています
- 推奨対応:BoNT-A投与を主治医に相談し、併行してストレッチ・TENS・NMES等のリハビリを実施。足関節底屈筋のMASが2以下に改善すれば、歩行機能の改善が期待できます
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参考文献
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この記事の内容は、BRAINアカデミーの講義資料および査読付き学術論文に基づいています。
最終更新:2026年4月

