
「この患者さん、退院までに歩けるようになりますか?」
担当患者さんやご家族から、こう聞かれて言葉に詰まったことはないでしょうか。
脳卒中リハビリでは、ゴール設定・退院先決定・装具選択など、多くの臨床判断が「歩行が自立するかどうか」の見立てに依存します。
そこで活用したいのが、予後予測の研究エビデンスです。
本記事では、脳卒中歩行自立予測の中核研究であるEPOSモデル・PREP2・Berg Balance Scale予測式から、proportional recovery ruleへの批判、機械学習を用いた最新の予測モデルまで、PT・OTが今日から臨床で使える形で解説します。
情報の信頼性について
・本記事はBRAIN代表/理学療法士の針谷が執筆しています(執筆者情報は記事最下部)。
・本記事は、脳卒中歩行予後予測の中核研究15本(PubMed検証済)と、proportional recovery ruleの統計批判論文を基に解説しています。BRAINの臨床現場で実際にどう使っているかも併記します。
本記事の結論
- 脳卒中歩行自立予測の世界標準モデルはEPOS(72時間以内のFAC・下肢SIで6か月時点の歩行自立をAUC 0.94で予測)
- Berg Balance Scaleは入院時・退院時のいずれでも歩行自立を予測でき、カットオフ値も研究で確立している
- proportional recovery ruleは統計的アーチファクトの可能性が高く、機械的な予測には使えない
- 予後予測の研究は「ゴール設定」「装具選択」「退院支援」の3つの臨床判断を、感覚論ではなく数値根拠で決められる武器になる
以下、詳しく解説していきます。
なぜリハビリで予後予測が必要なのか
脳卒中リハビリでは、「歩行が自立するか」の見立てが多くの臨床判断の前提になります。
具体的には、以下のような場面で予後予測が判断材料になります。
- ゴール設定:歩行自立を目指すのか、車椅子併用とするのか、見守り歩行で在宅を目指すのか
- 装具選択:短下肢装具を作製するか、長下肢装具から段階的に進めるか、装具なしで進められるか
- 退院支援:自宅復帰か、回復期リハ病棟転院か、介護施設入所か、住宅改修の範囲
- ご家族への説明:「歩けるようになりますか」への根拠ある回答
これらの判断を経験論ではなく研究エビデンスに基づいて行えると、セラピストの説明は格段に説得力を持ちます。
そして、患者さんやご家族・他職種に対して「なぜこのゴール設定なのか」を数値で示せるようになります。
関連記事として「臨床疑問の6カテゴリ|検査・治療・予後・予防・害・患者経験」では、予後予測がEBPの中でどう位置づけられるかを解説しています。
歩行自立予測の世界標準|EPOSモデル
EPOS(Early Prediction of functional Outcome after Stroke)は、脳卒中歩行自立予測の世界標準モデルです。
オランダのVeerbeekらが2011年に発表した原著では、154名の脳卒中患者を対象に、発症後72時間以内の所見から6か月時点の歩行自立を予測する式を導出しています(Veerbeek et al, 2011)。
72時間以内のFunctional Ambulation Categories(FAC)と下肢Motricity Indexの2項目だけで、6か月時点の歩行自立をAUC 0.94という極めて高い精度で予測できると報告されています。
そして2026年5月には、EPOSモデルの外的妥当性を別コホートで検証した研究が発表されました(Vinzens et al, 2026)。
つまり、15年経っても外的妥当性が再検証されているほど、EPOSは歩行予後予測のリファレンスモデルとして位置づけられています。
EPOSの予測式の使い方
EPOSの予測ロジックは、急性期発症72時間以内に以下を評価して判定します。
- FAC(Functional Ambulation Categories):0〜5の6段階で歩行能力を評価する尺度
- 下肢Motricity Index:足関節背屈・膝伸展・股関節屈曲の筋力を0〜100点で評価
原著のロジックでは、72時間以内に座位保持が可能(trunk control test ≥25)かつ下肢Motricity Index ≥25であれば、6か月時点での歩行自立を予測できるとされています。
逆に、72時間以内にこの基準を満たさない場合は、6か月時点でも歩行自立に達しない可能性が相対的に高いと判定されます。
BRAINの判断!EPOSは「目安」であって「機械判定」ではない
BRAINでは、EPOSモデルを「初期評価で歩行予後の見立てを固める出発点」として活用しています。72時間以内の所見がそろわない発症数か月後の症例でも、現時点のFACと下肢Motricity Indexを評価することで、リハビリ計画のゴール感をご家族と共有する材料として使えます。ただし、EPOSは「リハビリ介入なし」のコホートで導出されていない点、装具・課題指向型訓練・電気刺激などの介入で予測を上回る患者さんもいる点には注意が必要です。BRAINでは「機械判定」ではなく「最初の見立て」として扱っています。
Berg Balance Scaleで歩行予後を予測する
EPOSは急性期72時間という時点制約があるため、回復期や生活期のセラピストには使いづらい場面があります。
そこで、回復期・生活期セラピストにとって最も実用的な予測指標がBerg Balance Scale(BBS)です。
BBSは0〜56点の14項目バランス評価で、脳卒中リハビリで世界的に使われている標準指標です。
カナダの2018年研究では、回復期リハ入院時のBBS得点が、退院時の歩行自立(地域歩行に必要なレベル)を高い精度で予測できると報告されています(Louie et al, 2018)。
そして2021年のJenkinらの研究では、入院時BBS ≥29が「退院時の独立歩行」の予測カットオフ値として導出されています(Jenkin et al, 2021)。
さらに2024年の日本人研究(広島)では、BBSと Mini-Balance Evaluation Systems Test(Mini-BESTest)を用いた臨床予測ルールが、屋外・屋内の多面歩行自立を予測すると報告されています(Tamura et al, 2024)。
BBS予測カットオフ値の使い方
BBSを予後予測として使うときの手順は、以下の通りです。
- 初回評価でBBSを測定:14項目を順に評価し、合計点を算出
- カットオフ値と比較:Jenkinの29点・Louieの研究の入院時得点等、自施設の症例層に近いカットオフを参照
- 2〜4週後に再評価:BBSの伸びをトラッキングし、予測通りに進んでいるか確認
- ゴール設定に反映:カットオフを上回れば屋外歩行自立を、下回れば屋内見守り歩行を当面の目標に
BBSは脳卒中リハビリで日常的に測定されている指標なので、予測式を覚えていなくても「臨床で取り続けるだけ」で予後予測の材料が蓄積されていきます。
BBSの詳細は別記事「カットオフ値とは|セラピストのためのわかりやすい解説」も参考にしてください。
主要な歩行予後予測ツール比較
ここまでに紹介した予測ツールを、使う場面・必要な情報・精度の観点で整理します。
| 予測ツール | 対象 | 評価時期 | 必要な情報 | 予測精度 |
|---|---|---|---|---|
| EPOS | 歩行 | 発症72時間以内 | FAC、下肢Motricity Index、座位保持 | AUC 0.94(6か月時点歩行自立) |
| BBS入院時カットオフ | 歩行 | 回復期入院時 | BBS合計点 | カットオフ≥29で退院時独立歩行を予測 |
| Tamura CPR | 多面歩行自立 | 回復期〜生活期 | BBS/Mini-BESTest | 屋外・屋内の多面歩行自立を予測 |
| PREP2 | 上肢機能 | 発症72時間以内 | SAFE score、TMS、年齢、NIHSS | 2年時点の上肢機能を約75%の精度で予測 |
| 機械学習モデル | 歩行・FIM | 急性期・回復期 | 多変数(年齢、NIHSS、FIM、画像所見等) | AUC 0.80〜0.90(モデルごとに異なる) |
使い分けのポイントは、「いつ・どの情報がそろっているか」です。
急性期発症直後ならEPOS、回復期入院時ならBBSカットオフ、退院前後の地域復帰判定ならTamura CPR、というように、症例の時期に合わせて使い分けるのが現実的です。
proportional recovery ruleの落とし穴
脳卒中の予後予測を語るときに、必ず触れておくべき概念があります。
proportional recovery rule(PRR、比例回復則)は、「脳卒中後の運動機能の回復量は、初期の機能低下量の約70%である」とする経験則です。
この経験則は2008年頃から複数の研究で提唱され、上肢・下肢ともに「初期重症度の70%が回復する」という単純な予測式として、リハビリ現場でも広く使われてきました。
しかし2020年以降、複数の研究グループからPRRが統計的アーチファクト(数学的な見かけ)の可能性が高いと指摘されています。
ケンブリッジ大学Bonkhoffらは2020年に、Bayesian階層モデルを用いてPRRを再検証し、「PRRはmathematical couplingと回帰式の天井効果から生じる見かけの相関であり、個別患者の予測には使えない」と結論しています(Bonkhoff et al, 2020, Brain)。
そしてLohseらは2021年に、PRRの統計的妥当性を批判的に整理し、「ベースライン重症度を独立変数として変化量を予測する解析自体が、統計的に偏った結論を導きやすい」と警告しています(Lohse et al, 2021)。
BRAINの判断!PRRは「予測式」として使わない
BRAINでは、PRRを「個別患者の回復量予測の根拠」としては使わないことを明文化しています。「初期重症度の70%が回復します」という説明は患者さん・ご家族には親切に聞こえますが、統計的に保証されたものではなく、後で予測がはずれたときに信頼を損ねます。予後予測の根拠として伝えるなら、EPOS・BBSカットオフ・PREP2のような、外的妥当性まで検証された個別予測モデルを使うのが安全です。
機械学習で歩行予後を予測する最新研究
2022年以降、機械学習を用いた脳卒中歩行予後予測モデルの開発が急速に進んでいます。
日本人研究では、Inoueらが2022年に決定木アルゴリズムを用いた退院時歩行自立予測ルールを開発しています(Inoue et al, 2022)。
そして2024年には、宮崎らがロジスティック回帰と機械学習モデル(ランダムフォレスト・XGBoost等)を比較し、複数のモデルで歩行自立予測のAUCが0.80〜0.90に達したと報告しています(Miyazaki et al, 2024, Sci Rep)。
さらに2025年には、急性期前方循環系脳梗塞を対象とした機械学習モデルで歩行自立予測の有用性が示されています(Ma et al, 2025)。
そして2025年のシステマティックレビュー+メタアナリシスでは、歩行速度の予測因子として年齢・初期下肢筋力・初期バランス能力・発症からの期間が、共通して効果量の大きい因子として特定されています(Jasper et al, 2025)。
機械学習モデルは臨床現場でどう使えるか
機械学習モデルは精度が高い一方で、現状ではセラピストが個別患者にそのまま適用できる形になっていない研究が多いです。
具体的には、以下のような制約があります。
- モデルが公開されていない:研究論文に予測式やパラメータが詳細に記載されていないことが多い
- 外的妥当性の検証が不足:開発コホート内のAUCは高くても、別施設・別国コホートでの再現性が不明
- 必要な変数が多い:10〜20以上の変数を入力する必要があり、日常臨床で集めにくい
現時点では、機械学習モデルの結果は「重要な予測因子の特定」「予測精度の上限を知る参考値」として活用するのが現実的です。
そして、臨床判断には引き続きEPOSやBBSカットオフのような「シンプルだが外的妥当性の検証された」モデルを使うのが安全です。
上肢予測の中核アルゴリズム|PREP2
本記事の主題は歩行予測ですが、予後予測アルゴリズムの考え方を理解する上で、上肢予測のPREP2にも触れておきます。
PREP2(Predict REcovery Potential 2)は、ニュージーランドのStinearらが2017年に開発した上肢機能の予後予測アルゴリズムです(Stinear et al, 2017)。
PREP2は、発症後72時間以内のSAFE score(肩外転・指伸展のMRC合計)、TMSによる運動誘発電位(MEP)の有無、年齢、NIHSSの4変数を組み合わせて、3か月時点の上肢機能カテゴリー(Excellent/Good/Limited/Poor)を予測します。
2019年の研究では、PREP2の3か月時点予測が2年時点でも約75%の患者で正確だったと報告されています(Smith et al, 2019)。
そして2021年のConnellらの質的研究では、PREP2を実際に臨床に実装した英国NHSのセラピストたちが「ゴール設定」「家族説明」「介入選択」のいずれでもPREP2を活用していることが報告されています(Connell et al, 2021)。
つまり、PREP2は「研究の中だけで完結した予測式」ではなく、実臨床でセラピストの判断を補強するツールとして使われている数少ない予後予測アルゴリズムです。
BRAINの判断!PREP2の思想を歩行予測にも応用する
BRAINでは、PREP2のような「複数の評価指標を組み合わせて1つの予測カテゴリーを出す」考え方を、歩行予後予測でも応用しています。具体的には、初回評価でBBS・FAC・下肢Motricity Index・10m歩行速度を一括して取り、これらをEPOSモデルとBBSカットオフの両方で照合します。1つの予測ツールだけに頼らず、複数のモデルで判定が一致する場合は予測の確度が高いと判断し、判定が割れる場合は2〜4週後の再評価で追跡するという運用にしています。
予後予測を臨床に組み込む3つのステップ
研究論文の予後予測モデルを、日常の臨床現場にどう組み込めばよいでしょうか。
BRAINで実践している3つのステップを紹介します。
STEP1:初回評価で「予測のための情報」を必ず取る
EPOS用のFAC・下肢Motricity Index、BBS、10m歩行速度、TUGなど、予測モデルが要求する評価項目を、初回評価で必ず取得します。
これらを取り損ねると、後から予後予測ができなくなるからです。
STEP2:複数のモデルで予測をクロスチェック
1つの予測ツールだけに頼らず、EPOSとBBSカットオフのように性質の異なる複数のモデルで判定をクロスチェックします。
複数モデルの判定が一致すれば予測の確度は高く、判定が割れる場合は予測の不確実性が高いと正直に伝えられます。
STEP3:2〜4週後の再評価で予測の妥当性を検証
予測モデルはあくまで確率論であり、個別患者で外れることもあります。
2〜4週後にBBS・FAC・10m歩行速度を再評価し、予測通りに進んでいるか、軌道修正が必要かを判定します。
このサイクルを回すことで、予測モデルの「使いこなし方」が経験的に身についていきます。
BRAINの判断!予測がはずれた症例ほど学びが大きい
BRAINでは、予測モデルが「歩行自立しない」と判定したのに実際は歩行自立した症例、逆に「歩行自立する」と判定したのに到達しなかった症例を、症例検討会で必ず取り上げています。予測がはずれた症例には、モデルが拾えていない要因(モチベーション、家族支援、装具のフィット、介入の質)が隠れていることが多く、ここを言語化できると次の症例の予測精度が上がります。予測モデルを使う目的は「100%当てる」ことではなく、「なぜ当たったか/はずれたか」を考える土台を作ることです。
よくある質問(FAQ)
Q1:予後予測は本当に当たりますか?
予後予測モデルはあくまで「確率論」であり、100%当たるものではありません。
EPOSはAUC 0.94、PREP2は約75%の精度と報告されていますが、個別患者で外れることもあります。
そのため、予測は「ゴール設定の出発点」「ご家族への説明の根拠」として使い、2〜4週後の再評価で軌道修正する運用が現実的です。
Q2:proportional recovery ruleは使ってはいけませんか?
「個別患者の回復量を70%で予測する道具」として使うのは避けたほうが安全です。
2020年以降の統計的批判で、PRRはmathematical couplingから生じる見かけの相関の可能性が指摘されているためです。
個別予測にはEPOS・BBSカットオフ・PREP2など、外的妥当性まで検証された個別予測モデルを使うのが安全です。
Q3:発症から時間が経った患者さんにはどの予測ツールを使えますか?
BBSは時点を問わず使えるため、回復期・生活期セラピストには最も実用的です。
Tamuraら2024年のCPRも、回復期〜生活期の症例で多面歩行自立を予測できます。
一方、EPOSとPREP2は72時間以内の急性期評価が前提なので、慢性期患者には適用が難しい点に注意してください。
Q4:機械学習モデルは今すぐ臨床で使えますか?
現時点では、ほとんどの機械学習モデルが研究論文の中で完結しており、セラピストが個別患者に直接適用できる形になっていません。
そのため、機械学習モデルの結果は「重要な予測因子の特定」「予測精度の上限を知る参考値」として参考にしつつ、臨床判断にはEPOSやBBSカットオフのような確立されたモデルを使うのが現実的です。
Q5:予後予測の論文をどうやって見つければよいですか?
PubMedで「stroke + prediction + gait/ambulation」「prognostic model + stroke」のキーワードで検索すると、本記事で紹介した中核論文がヒットします。
PubMed検索の詳細は別記事「PubMed検索方法|複数キーワードで欲しい論文を見つける手順」で解説しています。
本記事のまとめ
- 脳卒中歩行自立予測の世界標準はEPOSモデル(72時間以内のFAC+下肢Motricity IndexでAUC 0.94)
- 回復期・生活期にはBBSカットオフ(入院時BBS ≥29で退院時独立歩行)が最も実用的
- proportional recovery ruleは統計的アーチファクトの可能性が高く、個別予測には使わない
- 機械学習モデルは精度が高いが、外的妥当性の検証が進むまで参考値として扱う
- 1つのモデルに頼らず、複数モデルでクロスチェック+2〜4週後再評価のサイクルで使うのが安全
本記事の内容が、患者さんやご家族から「歩けるようになりますか」と聞かれたときに、根拠のある回答を返せるセラピストを増やすきっかけになれば幸いです。
予後予測のさらに詳しい解説は、書籍『文献検索の超基本』の第8章「予後予測セクション」でも扱っています。
参考文献
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Connell LA, Smith MC, Byblow WD, Stinear CM. Implementing the PREP2 Algorithm to Predict Upper Limb Recovery Potential After Stroke in Clinical Practice: A Qualitative Study. Phys Ther. 2021;101(5):pzab040. PMID: 33522586
Bonkhoff AK, Hope T, Bzdok D, et al. Bringing proportional recovery into proportion: Bayesian modelling of post-stroke motor impairment. Brain. 2020;143(7):2189-2206. PMID: 32601678
Lohse KR, Schaefer SY, Raikes AC, et al. Statistical Considerations for Drawing Conclusions About Recovery. Neurorehabil Neural Repair. 2021;35(1):10-22. PMID: 33317423
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