理学療法士の先生であれば、脳卒中の患者さんに対してバランス練習は一度は必ずやったことがあると思います。

そして、バランス練習をするときに、鏡を使った視覚的なフィードバックを利用するかどうか、というのも、悩んだことが一度はあるのではないかと思います。

バランスのコントロールは主に感覚フィードバックによってコントロールされており、有名なものにSensory Reweightingというものがあります。

通常、ヒトはバランスをとるときの感覚フィードバックとして視覚、前庭感覚、固有感覚を利用しているとされています。

この割合が視覚10%、前庭感覚20%、固有感覚70%と言われていますが、脳卒中の発症など何らかの原因によって、この感覚の重み付けが変化します。

例えば、視覚20%、前庭感覚40%、固有感覚40%、といったようにです。

これをSensory Reweighting(感覚の再重み付け)と言います。

本来のバランスを取り戻すのであれば、固有感覚に重きをおいたバランス制御を獲得する必要があるのですが、鏡を使って視覚フィードバックを得てしまうと視覚に頼ったバランス制御になってしまうんじゃないかと不安になるのではないかと思います。

本記事では、脳卒中患者さんの課題指向型バランス練習に、鏡による視覚的フィードバックを加えることで、バランスのパフォーマンス向上にどのような影響を与えるか検証した、Cha HG (2016) のランダム化比較試験を紹介します。

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Cha Hg (2016) のランダム化比較試験の概要

まず、研究の概要を紹介します。

研究の対象者は、慢性期の脳卒中患者さん25人でした。

年齢は大体60歳くらいで、バランスを評価するBerg Balance Scaleでは30点台の人が多かったです。

この対象者の方々を2群に分けています。

ひとつ目のグループ、つまり介入群は課題指向型のバランス練習をやりつつ、正面と横に鏡を設置し視覚フィードバックを得られるようにしていました。

ふたつ目のグループ、つまり対照群になりますが、こちらは鏡のない課題指向型のバランス練習をやっています。

なお、課題指向型のバランス練習は「さまざまな方向へのステップ」「障害物のステップ」「前後のウォーキング」など合計8つの課題を実施しています。

各グループのリハビリは1回あたり30分、1日2回、週5回、4週間実施されました。

それでは、4週間後にどのような結果になったかをお伝えします。

視覚フィードバックを利用したグループの方が大きい改善を示したという結果になったが…

結果として、視覚的フィードバックを使用した課題指向型バランス訓練は、視覚的フィードバックを使用しない課題指向型訓練と比べて、バランス(Berg balance scale、Timed up-and-go test、Balance index、Dynamic limits of stability)の成績をより大きく向上させるという結果になりました。

また、前後比較ではどちらのグループもBBSやTUGスコアが改善していました。

これらの結果から、課題指向型のバランス練習はそもそもバランスを向上させる上に、鏡を使った視覚フィードバックを用いることでさらに大きい向上が期待できる、ということが言えます。

ただし、課題もありました。

この研究では、介入群と対照群、2つのグループのベースライン時点での評価結果に有意差はなかったものの、ランダム化とコンシールメントについて詳細な記載がされておらず、選択バイアスについて疑念が残ります。

また、研究の脱落者がいるものの、ITT解析が実施されていないという問題もありました。

これらのことから、この研究だけをもとに「鏡を用いた視覚フィードバックが課題指向型訓練の効果を増幅させる」とは言い難いです。

バランスのパフォーマンスを向上させるエビデンスはある、だけど中身はどうか

今回の研究結果から、バランス練習を行う場合は鏡などを使った視覚フィードバックがバランスのパフォーマンスを向上させる可能性があることが示唆されました。

ただし、冒頭で説明したような、Sensory Weightingがどのようになっているかまではわかりません。

もしかしたら、代償動作戦略でガチガチに固められたバランスの取り方になってしまっている可能性もあります。

以前もお伝えしましたが、回復と代償という考え方があります。

回復は、病前の動作を再獲得していくことで、代償は、代償動作戦略とか本来の動作戦略とは異なる方法で動作のパフォーマンスを向上させていく考え方です。

BBSやTUGなどの運動パフォーマンスを見る検査は、回復によっても点数あるいは秒数が良くなりますし、代償によってもよくなります。

ですので、これらのアウトカムからは回復によってバランスが良くなったのか、代償によってバランスが良くなったのかがわかりません。

したがって、この研究も、視覚フィードバックを使うことで回復を通してバランスが良くなったのか、代償を通してバランスが良くなったのかまではわかりません。

患者さんに説明をするときは、その点に注意する必要があると思いますので、お気を付けいただけたらと思います。

視覚フィードバックによってバランス戦略がどのように変化するのかについては今後の研究に期待がかかります。

参考文献

Cha HG, Oh DW. Effects of mirror therapy integrated with task-oriented exercise on the balance function of patients with poststroke hemiparesis: a randomized-controlled pilot trial. Int J Rehabil Res. 2016 Mar;39(1):70-6.