目標設定はすべてのセラピストに共通の作業で、かつ共通の困りごとなのではないかと思います。
基本的には実施計画書に目標を書くと思うので、すべてのセラピストが定期的に目標設定をしていると思いますが、目標設定の質というのはセラピストによってまちまちなのかなと思っています。
しっかり目標設定したい、というセラピストもいれば、予後のことはよくわからないし患者さんとトラブルになるのは嫌だからフワッとした目標にしておこう、というセラピストもいると思います。
先日の朝ラジオでもお伝えしましたが、目標設定自体は時間対効果で言えば微妙と言わざるを得ないのですが、個人的にはセラピストと患者さん間の齟齬をなくすため、また患者さんの問題点を整理するため、患者さんの不安を解消するために目標設定した方がいいのではないかと考えています。
目標設定をきちんと行うセラピストのみなさんは、「そもそもこの目標は達成可能なのか?」と不安になったり、あるいは「目標達成したけど患者さんは全然喜んでいなかった」という経験はないでしょうか。
こういった不安や失敗というのは目標設定にあるあるなのですが、これらの問題について2つの “妥当性” の側面から考えたいと思います。
目標設定における2つの “妥当性”
今回紹介するのは、①内的な妥当性と②外的な妥当性、の2つです。
①内的な妥当性
これは “そもそもその目標は達成可能なのか?” という実現可能性の話で、「この目標は、この患者さんへの目標として妥当だよね(実現可能性が高いよね)」と言えるのが “内的な妥当性” です。
例えば、発症から1年経過した重度の運動障害を持つ脳卒中患者さんに訪問リハビリをすることになったとして、「1ヶ月で病前のように歩けるようになる」とか「病前のように麻痺手を使えるようになる」という目標は立てないのではないかと思います。
こういう極端な例は、実現可能性が低いというのがイメージ湧きやすいと思うのですが、一方で、発症から2ヶ月経過した軽度の運動障害を持つ脳卒中患者さんに回復期リハビリをするとき、「1ヶ月で杖なしで歩けるようになる」とか「1ヶ月で麻痺手でご飯のお椀を持てるようになる」という目標はどうでしょうか?
もちろん患者さんの状態によって異なるとは思うのですが、このシチュエーションであれば、「1ヶ月で杖なしで歩けるようになる」とか「1ヶ月で麻痺手でご飯のお椀を持てるようになる」という目標を立てる、という人もいるのではないでしょうか。
このケースは、セラピストによっては実現可能性が高い、と判断する人もいれば、実現可能性が低い、と判断する人もいるので、意見が分かれると思います。
実際の臨床場面では、1つ目のケースよりも、2つ目のケースのような、実現可能性について判断に迷うことが多いのではないかと思います。
目標は実現可能性の高い目標に設定しておくことが大事で、そうすることによってもし達成できなかった時に「なぜ達成できなかったのか?」という視点から原因を分析できます。
「本当は達成できるはずだったのに達成できなかったのは何か特別な理由があるからに違いない」という視点で、その患者さんの個別の問題を見つけ、対応することができます。
一方、実現可能性の低い目標に設定しておくと、達成できなかったときに「そもそも現実的じゃないよね」で話が終わってしまいます。
このように、実現可能性の高い目標にしておくことで、もし達成できなかったとしても次につながります。
②外的な妥当性
これは “その目標が達成された時、患者さんのなりたい姿に近づくのか?” という視点で、「この目標は、患者さんのニーズを適切に反映しているよね」というのが”外的な妥当性” になります。
簡単にいうと見当違いな目標にしない、ということです。
例えば、「目標は達成したけど、患者さんは全然喜んでいなかった」という経験はないでしょうか。
リハビリでは良くある話なのですが、例えば歩行のリハビリをしていたとして、リハビリを3ヶ月やって杖・装具で屋外歩行自立できたとしても、患者さんとしては杖・装具を使わなくてはいけなくなったことにがっかりされる、というケースがあります。
患者さんとしては “回復” “代償” でいうと回復を望まれていたのに、病院の意向で “代償” を獲得させられた、と思ってしまうようなケースです。
リハビリの目標は達成されたけど患者さんのなりたい姿に近づけなかった、では意味がないので、患者さんのニーズに応える、患者さんのなりたい姿に近づくような目標にしておくことが大事です。
さて、これらの妥当性を高める方法についてチャプター2で紹介します。
“介入研究のエビデンス” と “コミュニケーション”
まず内的な妥当性を高めるために、介入研究のエビデンスを参考にすることが大事です。
以前にも朝ラジオで紹介しましたが、リハビリの予後予測の難しさは、どのリハビリをどれくらいやるかによって異なってくるところにあります。
例えば、発症から2ヶ月、50歳男性、被殻出血による右片麻痺、Fugl-Meyer Assessment 上肢項目(以下、FMAUE)が45点という患者さんに対して、CI療法を行った場合は1ヶ月で55点になるけど、ミラーセラピーを行った場合は50点にしかならない、というようなことがあります。
こういった介入方法の違いを把握しておくために、ランダム化比較試験などの介入研究のエビデンスを得ておくことが大事です。
介入研究は、リハビリを実施することで、実施前と実施後でどのような変化があったのか、というのを教えてくれます。
この情報をもとに、リハビリAを行えば○週間でこれくらい良くなる、リハビリBを行えば○週間でこれくらい良くなる、という推測が立てられるようになります。
そしてそれが内的な妥当性を高める、つまり、実現可能性の高い目標設定につながります。
また、外的な妥当性を高めるために、患者さんとコミュニケーションを綿密に取ることが大事です。
患者さんの価値観を理解し、患者さんの本当の希望を把握しておくことで、見当違いな目標を設定することを防ぐことができます。
そのためには、患者さんが「この人になら本音を話せる」と思えるような人間性がセラピストには求められることになるのですが、自分を信用してもらうために、患者さんと色々なコミュニケーションをとる必要があると思います。
雑談はリハビリに必要ない、という人もいると思いますが、私としては患者さんに「なんでも話せる人だな」と思ってもらえるようにするために雑談するのはありだと思ってます。
また、フレームワークとしてGoal-Based Shared Decision Makingで用いられるGoal Team Talkを利用するのも良いと思います。
詳細は原著論文を参照いただけたらと思いますが、患者さんの価値観に基づき、何がどう問題なのか全体を見て整理することが可能です。
まとめると、目標設定における内的な妥当性を高めるために介入研究のエビデンスを参考にする、外的な妥当性を高めるために患者さんと日頃からコミュニケーションをとる、ということが大事、ということです。
目標設定におけるセラピストの学習性無力感を防ぐ
目標設定というのは時間がかかる割に効果がいまいちというものです。
とは言え、目標設定しておくことで冒頭でお伝えしたようなメリットも色々とあると思います。
本日は内的な妥当性、外的な妥当性の2つを紹介させていただきましたが、これらの失敗によってセラピスト側にも失敗経験が積み重なっていきます。
「考えた目標に到達しなかった」「目標達成したのに患者さんは全然喜んでいなかった」という経験が重なると、目標設定自体をしなくなってしまう、あるいは適当にやるようになってしまうセラピストが増えてもおかしくないです。
エビデンスを参考にするとか、患者さんの本音を聞き出せる関係づくりをしておくとか、そういうTipsを使っていただき、セラピスト自身が学習性無力感に陥らないように工夫していただけたら良いのではないかと思います。
本日は「目標設定における2つの “妥当性”」というテーマでお話しさせていただきました。
BRAINでは脳卒中EBPプログラムというオンライン学習プログラムを運営しております。
2021年前期はおかげさまで満員御礼となりましたが、後期は10月から開始、募集は7月〜8月ごろから開始する予定です。
ご興味がある方はよかったらホームページを覗いてみてください。
それでは今日もリハビリ頑張っていきましょう!
参考文献
Elwyn G, Vermunt NPCA. Goal-Based Shared Decision-Making: Developing an Integrated Model. J Patient Exp. 2020 Oct;7(5):688-696.