脳卒中患者さんの歩行の特徴はいくつかありますが、本記事は前回に引き続き、「推進力」の話をさせていただこうと思います。

推進力の低下は多くの脳卒中患者さんに共通してみられる歩行の問題点です。

推進力の構成要素について把握しておくことで、「なぜ推進力が低下しているのか?」と評価する時に役立ちます。

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推進力の重要性

回復と代償という考え方があります。

Raghavan P(2015)は、回復を “機能をより正常な、損傷前の状態に戻すこと” 、代償を “障害のある機能の代替または回避を行う戦略” と定義しています。

“回復”、と聞くと「脳を発症前の状態に戻す」というイメージになるかもしれませんが、そうではなく「動作を発症前の状態に戻す」というイメージの方が近いです。

脳卒中患者さんの歩行動作の “回復” を目指すためには、いわゆる正常歩行に近づいていく必要があります。

その時に、正常歩行について知っていなければ、「患者さんがなぜ異常歩行を呈しているのか?」という分析を行うことができません。

したがって、まずは正常歩行を理解する必要があります。

そして正常歩行の要素のひとつに “推進力” があります。

推進力は、Alingh J (2019) によると “身体の前進に寄与し,歩行時の前後方向の床反力から得られるもの” 、とされています。

とても簡単に言い直すと、「足で地面を蹴って身体を前に進める力」です。

ヒトは前に向かって歩きますので、推進力は前方へ歩く上では欠かせない要素です。

いわゆる健常者では、この推進力を立脚後期で発揮しています。

よく “蹴り出しが大事” と言われますが、立脚後期の足関節底屈によって推進力を得ています。

そして、脳卒中患者さんでは、麻痺側下肢の推進力が小さくなる、ということが明らかになっています。

推進力が小さくなってしまうというのは、身体を前に移動させる力が小さくなってしまうことを意味します。

そのため、歩行速度を落とすとか、代償動作戦略を使って歩く必要が出てきます。

つまり、患者さんの生活範囲が狭小化していたり、代償動作戦略を使わざるを得なくなる理由のひとつに “推進力の低下” がある、ということです。

したがって、歩行動作の回復を目指す上ではこの推進力を再獲得することが大事になります。

では、推進力を再獲得するためにどうすれば良いでしょうか?

立脚後期の蹴り出しの練習をすればいい、というのも確かにその通りではありますが、臨床的にはもう少し解像度を上げて、つまり推進力を構成する要素のうち、これが問題になっているからこれを再獲得するための練習をしよう、という対応をした方が良いと思います。

今回は、推進力の構成要素を紹介します。

推進力の構成要素

推進力の構成要素は、ざっくり「関節可動域」と「筋出力」とに分けられます。

関節可動域で重要になるのは「股関節伸展」と「膝関節伸展」です。

筋出力で重要になるのは「ヒラメ筋」、「大腿四頭筋」、「大臀筋」、「中臀筋」です。

これらの活動を通して「足関節底屈モーメント」「膝関節伸展モーメント」「股関節伸展モーメント」を生成することが重要になります。

それぞれについて掘り下げて考えます。

まず推進力を得るためには骨盤より上(パッセンジャーとも言われます)が下肢(特に足関節)より前にある必要があります。

そしてこの骨盤と足関節との距離が長いほど推進力は大きくなります。

イメージしていただきたいのですが、直立の立位で足関節を底屈した場合、重心は前方ではなくて上方へ移動しますよね。

下肢を後方に位置させて足関節を底屈すると、身体は前方へ動かされます。

したがって、推進力を得るためには股関節の伸展角度がまずは大事になります。

股関節伸展位で足関節底屈をするのが推進力獲得の第一歩です。

続いて膝関節伸展です。

膝関節が伸展していると、足関節底屈の力がダイレクトに身体へ伝わるので、推進力が得られやすくなります。

なので同じ足関節底屈力でも、前方への移動距離が長くなります。

そして、これらの関節運動の剛性を高める上で大腿四頭筋や大臀筋、中臀筋の筋出力が必要になります。

最後にヒラメ筋ですが、これら膝関節、股関節伸展位で剛性を高めた上で足関節底屈を行い、身体を前方へ押し出します。

こうして、歩行の推進力が完成します。

なお、足関節底屈ももちろん大事なのですが、下肢が身体の後方にある方が(ざっくり言い換えれば股関節や膝関節の伸展の方が)推進力に貢献することが明らかになっています(Hsiao H, 2015)。

推進力の向上のために

昨日の記事でもお伝えした通り、脳卒中後の歩行練習はいくつもありますが、推進力を改善させないまま歩行パフォーマンスの向上をさせるものもあります。

この場合、代償動作戦略が学習されてしまっている可能性があります。

「どんな歩き方であれ、歩けるようになれればいい」という患者さんなら問題ありませんが、「できれば病前のように歩けるようになりたい」と考えている患者さんにとっては、代償動作の獲得による歩行の向上は望ましくないかもしれません。

セラピストとしては、回復を目指すためのリハビリの選択肢も、代償を含めた向上を目指すためのリハビリの選択肢も、どちらも持っておく必要があります。

そして回復を目指すためのリハビリを行う上では正常歩行を知っておく必要があり、推進力というのは正常歩行の大事な要素のひとつです。

推進力とその構成要素を知っておくことで、推進力が低下している原因は何か評価することにつながり、原因を考えられれば適切なアプローチを選択することができます。

ただ、脳卒中後の運動障害というのは、単純な関節可動域制限、筋出力低下、で解釈できるものではありません。

運動麻痺に限らず、痙縮、感覚障害、運動プログラムの問題、シナジーの統合、など様々な問題が患者さんの運動を困難にさせています。

ですので実際の臨床では筋力検査や関節可動域制限を評価すればいいだけではなく、「なぜ関節可動域制限があるのか?」「なぜ運動障害があるのか?」といった病態を考える必要があります。

このように複雑な臨床推論が必要にはなりますが、まず正常歩行における推進力の構成要素を知っておくことが第一歩になります。

今回紹介した構成要素が先生方の臨床に役立てば嬉しいです。

参考文献

Hsiao H, Knarr BA, Higginson JS, Binder-Macleod SA. Mechanisms to increase propulsive force for individuals poststroke. J Neuroeng Rehabil. 2015 Apr 18;12:40.