脳卒中患者さんのリハビリに携わる先生であれば、一度は患者さんの杖の購入に関わったことがあるのではないでしょうか。
特に回復期で、患者さんがはじめて杖を使ってリハビリをするとき、あるいは杖を購入するとき、患者さんにどのように説明していますか?
私は新人の頃は「バランスを良くするため」「転ばないため」という理由をよく使っていました。
もちろん、杖を使用することでバランスは向上するのは間違い無いですが、正直なところ、患者さんは杖を使って歩くものだと学校で教わったからという理由も大きく、よく考えないで杖の説明をしていたこともあったと思います。
杖を使うことで患者さんの歩行動作にどのような影響があるのでしょうか?
今回は、Avelino PR (2020) のシステマティックレビューをもとに、1点杖が脳卒中患者さんの歩行に与える影響をエビデンスをもとに紹介します。
Avelino PR (2020) のシステマティックレビューの概要
最初にAvelino PR (2020) のシステマティックレビューの概要について紹介させていただきます。
研究のリサーチクエスチョン(Research Question: 以下、RQ)は、「脳卒中後に杖を使用することで、歩行速度、歩幅、ケイデンス、左右対称性が改善されるか?」でした。
複数の電子データベース(MEDLINE、EMBASE、PEDroなど)を用い、2019年12月までに公表された実験的研究(ランダム化比較試験や準ランダム化比較試験、前後研究など、何らかの介入を施した研究のこと)を収集しています。
レビュワーは2人で、網羅的な研究論文のチョイスを担保しています。
参考文献の情報を下記に載せておりますので、よかったら直接ご確認いただけたらと思います。
1点杖を使うことによる脳卒中患者さんの歩行の変化
杖を使うことによる脳卒中患者さんの歩行の変化について、「歩行速度」「ケイデンス」「ストライド長」「左右非対称」の4つのアウトカムを紹介します。
まず、歩行速度です。
歩行速度は、歩行距離/時間で算出します。
例えば10mを10秒で歩く場合は10/10なので1.0m/s、というふうに算出します。
以前の配信でもお伝えしましたが、「歩行速度」は歩行能力、移動能力の全体を推定することができる、歩行の検査ではゴールドスタンダードと言える検査です。
歩行速度が速いというのはある程度筋出力が維持されていたり、バランスが維持されていたりするので、移動に必要な全体的な能力が高い人が多いです。
ですので、歩行速度が速い人は日常生活における移動範囲が広い人が多い、という関係があります。
そして、杖を使用することによる歩行速度への影響ですが、こちらについては、1点杖があってもなくても歩行速度にほとんど影響を与えないという残念な結果になりました。(MD 0.01 m/s、SD 0.06)
2つ目は、ケイデンスです。
ケイデンスは、時間単位当たりの歩数のことです。
1分あたりの歩数とか、1秒あたりの歩数、として算出します。
こちらも以前の配信でお伝えしましたが、「歩行の回復」、つまり病前のように歩けるようになることを目指す場合は「時空間パラメータ」「運動学的分析」「左右非対称性」の3つのアウトカムが検査項目として使われることが多いです。
ケイデンスは「時空間パラメータ」にあたります。
脳卒中の患者さんはケイデンスが低下することが多いですが、歩行の回復を目指す場合はケイデンスを向上させるという視点も大事になってきます。
そして、杖を使用することによるケイデンスへの影響ですが、こちらについては、1点杖があってもなくてもケイデンスにほとんど影響を与えないという、こちらも残念な結果になりました。(MD 5 step/min, SD 2)
3つ目は、ストライド長です。
ストライド長は、一側の下肢における、一歩踏み出した足の踵から踵の長さのことです。
長さを測定し、70cm、80cm、というふうに記録します。
こちらもケイデンスと同様、「時空間パラメータ」に分類されます。
杖を使用することによるストライド長への影響ですが、こちらについては、若干ではありますが、杖を使用した方がストライド長が大きくなるという結果になりました。(MD 0.08m、SD 0.01)
4つ目は、左右非対称性です。
左右非対称性というのは、言葉の通り、歩きの左右の非対称さのことです。
脳卒中患者さんは片麻痺になることで、麻痺側と非麻痺側とで左右非対称の歩き方になります。
この左右非対称さを数値にするのがSymmetry Ratio(以下、SR)などの指標です。
いくつか計算式がありますが、基本的には歩行中の麻痺側立脚時間と非麻痺側立脚時間、もしくは麻痺側のスイング時間と非麻痺側のスイング時間の数値から算出します。
一番シンプルなのは、麻痺側立脚時間/非麻痺側立脚時間で算出する方法です。
詳しくは2021年4月23日の記事をご覧いただけたら幸いです。
そして、杖を使用することによる左右非対称性への影響ですが、取り込まれた研究を直接比較することはできないものの、ほとんどの研究では、杖をついて歩いたときに対称性がわずかに増加することが示された、とされています。(range 0–6%)
まとめると、一点杖を使用することは、一点杖を使用しない場合と比べて歩行速度やケイデンスには影響を与えないものの、ストライド長を長くしたり、左右非対称性を改善させる、という効果が期待できそうです。
患者さんへの説明
これらの情報は、患者さんとの臨床的な意思決定に役立ってきます。
例えば、杖を使うかどうか、購入するかどうか悩んでいる患者さんに対して、杖が歩行に与える影響を説明することは患者さんの意思決定に役立つでしょう。
杖を使うことで、ストライド長や歩きの左右非対称性が良くなるため、綺麗な身体の使い方ができるようになる可能性がある、と言えます。
過去の配信でもお伝えしていますが、脳卒中患者さんの運動障害の問題のひとつに「学習された不使用」や「学習された代償」というものがあります。
ざっくりな説明になりますが、正しい身体の使い方ができるのに、楽だから代償動作戦略に頼ってしまったり、正しい身体の使い方で動作をしない、ということです。
杖を使わないで歩き、左右非対称な歩き、つまり代償動作戦略を使う歩きが学習されてしまうと、それによって、後になってから綺麗な歩きを取り戻そうとしても苦労する可能性があります。
そう考えると、もしかしたら杖を使っておいたほうがいいと言えるかもしれません。
また、慢性期の患者さんで杖を卒業するかどうか悩んでいる患者さんにも、同様に役立つと思われます。
杖を使って、問題なく安全に外出されている患者さんであれば、杖を使わなくてもおそらく現状の歩行速度、移動範囲を維持できるでしょう。
先述の通り、杖を使っても使わなくても歩行速度に大きな変化はないとされています。
一方で、杖を使わなくなると若干ですがストライド長が小さくなったり、歩きの左右非対称性が強まったりする可能性があるので、「綺麗に歩きたい」とお思いの患者さんであれば杖をそのまま使用し続けたほうがいいかもしれません。
なんとなく杖を購入させる、なんとなく杖を卒業させる、という意思決定ではなく、こういったエビデンスを参考にしながら意思決定できるといいのではないかと思います。
本日は「杖を使うことによる脳卒中患者さんの歩行の変化」というテーマでお話しさせていただきました。
BRAINでは脳卒中EBPプログラムというオンライン学習プログラムを運営しております。
2021年前期はおかげさまで満員御礼となりましたが、後期は10月から開始、募集は7月〜8月ごろから開始する予定です。
ご興味がある方はよかったらホームページを覗いてみてください。
それでは今日もリハビリ頑張っていきましょう!
参考文献
Avelino PR, Nascimento LR, Menezes KKP, Ada L, Teixeira-Salmela LF. Canes may not improve spatiotemporal parameters of walking after stroke: a systematic review of cross-sectional within-group experimental studies. Disabil Rehabil. 2020 Aug 28:1-8.