本日のテーマは「脳卒中患者さんの ”運動障害” について考える」です。

最初にお伝えしておきたいのですが、今回の話は私の私見としてお聞きいただけたらと思いますので、よろしくお願いいたします。

脳卒中の患者さんの症状のひとつに「手足の動かしづらさ」があります。

学生の時は “運動麻痺” で習ったと思いますが、世界的には “運動障害(motor imparment)” という単語が使われることが多いです。

ざっくりな検索方法ですが、PubMedで stroke “motor paralysis” で検索するとが58件なのに対しstroke “motor impairment”なら1097件ヒットします。

脳卒中患者さんの「手足の動かしづらさ」がなぜ運動障害と呼ばれるのか、その背景と臨床で外さないほうがいい視点について考えていきたいと思います。

“運動障害” の所以について考える

運動障害と言われる所以は、時間とともに、また学習の状況により運動症状が変化し複雑な病態を呈することがひとつの理由です。

例えば、最初は弛緩性麻痺だった手足が、徐々に痙縮が出現し、関節可動域制限や姿勢の変化が出現してくる、という変化があります。

つまり、一次的な症状(一時、ではなく一次、二次、三次の一次です)として運動麻痺だけだったのに、二次的な症状として痙縮が、三次的な症状として関節可動域制限が、四次的な症状として姿勢のマルアライメントが生じたりします。

これらは神経や筋のレベルで生じる変化ですが、もうひとつ、患者さんの学習による変化があります。

Raghavan P (2015) は運動障害を機能的に3つに分類しています。

それは「learned non-use(学習された不使用)」「learned bad-use(学習された代償)」「forgetting(忘却)」です。

※learned bad-useは直訳すると学習された悪用、なのですがそれは患者さんに失礼だと思うので代償、にしています。

この学習された○○、についてざっくりと説明させていただきますと、非麻痺側や麻痺側のやりやすい動作戦略でかばってしまう、ということです。

運動麻痺があるので、それをカバーするために、身体の良いところを使って運動とか、動作をできるようにしています。

例えば、頑張れば麻痺側の手をまっすぐ伸ばすことができるのに、楽だから非麻痺側の手を使ってしまうとか、足をまっすぐ振り出すことができるのにぶん回し歩行をしてしまうとか。

このように、脳卒中の患者さんはもともと弛緩性麻痺から始まりますが、痙縮が重なったり、共同運動パターンが発生したり、不使用や代償動作戦略を学習することで、急性期の状態からだいぶ遠ざかってしまいます。

これは整形外科疾患の方でも同じだと思うのですが、最初は膝が痛かったのに、膝をかばっているせいで腰が痛くなり、腰をかばっているせいで股関節が痛くなり、挙句は首も痛くなってくる、ということがありますよね。

このとき首の痛みを取るために首にアプローチしても対症療法でしかなく、根本の原因になっている膝にアプローチする必要があります。

患者さんの動作分析や姿勢分析をしていく上では、こういった患者さんの症状の経過を把握することが大事になると思われます。

まとめると、運動障害というのは、脳卒中後に生じる手足の動かしにくさを指しますが、色々な要因によって生じており、複雑な病態である、ということです。

“運動障害” の中身について考える

これは個人的な意見としてお聞きいただきたいのですが、運動麻痺は運動障害の構成要素のひとつとして認識して良いのではないかと思います。

「手足の動かしにくさ」は運動障害ですが、運動障害を構成する要素がたくさんあります。

まずは、運動麻痺です。

一次運動野という運動を司どる大脳領域や、皮質脊髄路という主に一次運動野と脊髄のα運動ニューロンをつないでいる神経線維の損傷によって生じる症状です。

これは弛緩性麻痺として身体に表れます。

次に、皮質脊髄路の興奮性低下です。

運動麻痺の方では皮質脊髄路の損傷、とお伝えしましたが、興奮性低下というのは、損傷を免れていても神経細胞が活動しにくくなっていることを指します。

例えば半球間抑制の不均衡や半球内抑制などによって、運動野のニューロンに抑制性の入力が行われる、つまりブレーキがかけられることによって損傷していないのに機能低下しているという状態になります。

続いて、痙縮です。

急性期は弛緩性麻痺ですが、徐々に筋緊張が高くなってきて、痙縮症状が表れます。

痙縮によっても手足が動かしにくくなります。

続いて、共同運動パターンです。

これは痙縮によっても生じますし、最近はシナジーの統合という話も出てきています。

シナジーというのは、複数の筋肉がひとつの電気信号で一斉に働くチームを形成していることを指すのですが、脳卒中を発症すると、シナジーの数が少なくなるという説があります。

シナジーの数が多いと自由な運動パターンを形成できるので健常者は自由に身体を動かすことができますが、脳卒中患者さんはシナジーの数が少なくなることによって運動パターンが制限され、共同運動パターンのようなパターンの少ない動きになってしまうことが示唆されています。

また、運動プログラムの問題もあります。

運動を実行する前にはどのように身体を動かすかという計画を立てていますが、このプログラミングがうまくいかなくなると、手足の動かし方がわからなくなってしまいます。

当然ながら、手足の動かし方がわからなければ手足を動かすことができません。

最後に、運動学習の問題もあります。

冒頭でRaghavan P (2015) の運動障害の機能的分類(「learned non-use(学習された不使用)」「learned bad-use(学習された代償)」「forgetting(忘却)」)を紹介させていただきましたが、このように運動学習の問題が存在していて、本当は動かせるのに再現性が低いということも起こり得ます。

これら6つの要素を紹介させていただきましたが、とにかく色々な要因によって「手足が動かしづらい」「手足が動かせない」といった運動障害の症状が出る、ということをイメージしていただけたらと思います。

“運動障害” の理由を分析することが大事ですよね

ここまで紹介させていただいたもの以外にも、感覚の問題や身体表象の問題、姿勢制御の問題、運動の協調性の問題など様々な要素が「手足の動かしにくさ」、つまり運動障害には関わってきます。

患者さんの「手が動かない」とか「足が動かしにくい」といった主訴が聞かれたとき、「なぜ動かしにくいのか」という分析の視点を持つことが大事だと思います。

麻痺側の運動機能を評価するために、Fugl-Meyer Assessment(以下、FMA)がよく使われますが、運動障害の原因がどういったものだったとしても、例えば弛緩性麻痺(運動麻痺)によるものだったとしても、運動プログラムの問題だったとしても、共同運動パターンによるものだったとしても、FMAのスコアには点数しか表れません。

評価バッテリーでは運動障害の重症度を点数化することができますが、原因までは分かりません。

Evidence Based Practice(以下、EBP)ではFMAのような検査結果をもとに、「FMAのスコアが40点なので、○○のリハビリをしよう」という判断をしますが、よくも悪くも、これは運動障害の重症度に合わせたリハビリプログラムの決定であり、運動障害の原因に合わせた意思決定ではありません。

なぜ手が動かないのか、足が動かないのか、という原因に合わせてリハビリ方法を選択できるようになるとより良いリハビリテーションを患者さんと築けるのではないかと思います。

ただ、現状では「この患者さんは運動プログラムの要素が大きい」「この患者さんは半球間抑制の影響が大きい」という判断をするための明確な基準がありません。

ですので現状ではセラピストの思考に頼らざるを得ず、本当に正しく評価できているのかわからないという問題点があります。

一方で、科学的に運動障害の構成要素が明らかになりつつある以上、これらを完全に無視してリハビリを進めるのも望ましくないと思います。

自分の思考にバイアスが入らないように最大限注意しつつ、患者さんの「手足の動かしにくさ」の原因が何なのかを探り、どういったリハビリを行うかという意思決定ができるといいのかなと思います。

繰り返しになりますが、今回の話はあくまでも私の私見ということでお聞きいただけたら幸いです。

本日は「脳卒中患者さんの ”運動障害” について考える」というテーマでお話しさせていただきました。

BRAINでは脳卒中EBPプログラムというオンライン学習プログラムを運営しております。

2021年前期はおかげさまで満員御礼となりましたが、後期は10月から開始、募集は7月〜8月ごろから開始する予定です。

ご興味がある方はよかったらホームページを覗いてみてください。

それでは今日もリハビリ頑張っていきましょう!