本日のテーマは「脳科学を臨床に活かすときに気を付けるポイントPart.1」です。

脳卒中患者さんのリハビリをするにあたり、脳科学の知識って大事ですよね。

BRAINの脳卒中EBPプログラムで、脳科学・バイオメカニクスコースというのをやっています。

そのコースの中で、今週と来週で「脳卒中後の運動障害」をテーマにしています。

臨床では、脳卒中患者さんの運動障害で困ることが多いと思います。

そのときに対応できる様に、つまり「患者さんの手足がなぜ動かない/なぜ動かしづらいのか」という分析を行えるスキルを身につけていくのが学習目標です。

そして来週、運動障害に関する脳科学を臨床応用するワークショップに入っていくのですが、そのときに、飛躍した臨床アイデアにならないように注意していかないといけないなと思っています。

誤解を恐れず言いますと、”脳科学に基づく臨床アイデア” というのは ”エビデンスのない民間療法” と同じです。

脳科学の情報自体はエビデンスですが、そこから生まれる臨床アイデアには患者さんをよくするというエビデンスがありません。

※ちなみに、厳密にいうとエビデンスがないという状態は存在せず、こういうのは「専門家の意見」として非常に弱いエビデンスがあるという表現が適切かと思います。

知らず知らずのうちに、そして何より悪意なく “エビデンスのない民間療法” をやってしまっているケースもあると思います。

私自身、過去にそのようなことをやってしまっていました。

今回は、自戒を込めて、この点について紹介します。

研究論文の結果→臨床応用の飛躍

そもそも「研究論文の結果→臨床応用の飛躍」ってどういうことかというと、「研究から得られた事実(Fact)と、そこから考え出されたとされる臨床応用のアイデアがずれすぎている状態」と捉えていただけたらと思います。

「その臨床アイデア、この研究結果をもとに考えたっていうけど、そのアイデアに研究結果がちゃんと反映されていないよね」っていう状態です。

事例を挙げて説明したいと思います。

半球間抑制の話です。

いわゆる健常者においては、左右の大脳半球がお互いにブレーキを掛け合っています。

脳卒中によってこのブレーキの掛け合いが不均衡になってしまうことで、麻痺側上肢の運動機能が低下することが科学的に明らかになっています。

また、rTMS(経頭蓋反復磁気刺激)によって半球間抑制の不均衡を修正することによって即時的に運動パフォーマンスの向上が認められているというエビデンスもあります。

ここまでは、科学的に実証されている情報です。

本来、このエビデンスをもとに臨床応用をするのであればrTMSを使う必要があります。

ただ、rTMSを臨床で自由に使えるセラピストなんていないと思います。

なので、この半球間抑制に関する知識をもとに、臨床で半球間抑制の不均衡を改善させようとして、非麻痺側のリラクゼーションを行うセラピストがいます。

セラピストの狙いとしては非麻痺側の緊張を落とす=損傷していない大脳半球の一次運動野の活動性を低下させる=半球間抑制の不均衡を改善させる、というものです。

これが研究論文の結果→臨床応用の飛躍の例です。

半球間抑制があるということや、rTMSによって半球間抑制の不均衡が改善すること、麻痺側上肢の運動パフォーマンスが向上すること、というエビデンスはありますが、「非麻痺側のリラクゼーションを行うことで半球間抑制の不均衡が改善するとか、またそれによって麻痺側の運動機能が向上する」というちゃんとしたエビデンスはないですよね。

これが “いわゆる民間療法” と同じで、その治療者は効果があると主張しているものの、科学的にその効果が実証されていない、というそういう状態です。

“気功” とか “波動” を笑う人もいるかもしれませんが、もしかしたら自分も同じことをやっている、という可能性もあります。

このような、脳科学からの臨床アイデアがトンデモ医療になってしまう要因はいくつかありますが、その中のひとつに、「研究論文の結果→臨床応用の飛躍」というのがあります。

これは私たちセラピストが気を付けないといけないポイントです。

エビデンスが弱いというだけでなく…

先の、非麻痺側のリラクゼーションの例は、エビデンスが弱いというだけなく、理論的に色々問題があります。

例えば、非麻痺側の筋緊張をアウトカムにしているという点です。

半球間抑制の不均衡があると非麻痺側の筋緊張が高まる、というエビデンスがあったり、それを臨床的に評価する術があれば良いのですが、2021年現在では私が知る限りコンセンサスは得られていません。

つまり、半球間抑制の不均衡と非麻痺側の筋緊張は関係がないので、非麻痺側の筋緊張を低下させたとしても半球間抑制が改善するとは言えないよね、ということです。

また、そもそも非麻痺側の筋緊張を正しく判断できているのか?という点も問題として存在します。

その他にも色々と問題点がありますが、実際こういうことが臨床で行われているケースがあります。

冷静に判断しよう

ここまで、半球間抑制に対する「非麻痺側のリラクゼーション」をやや否定的に述べてきましたが、恥ずかしい話、これは新人の頃の私がやっていたことです。

今では赤面ものですが、当時は真剣に「非麻痺側のリラクゼーションを行えば、半球間抑制が改善して、麻痺側の運動パフォーマンスが上がる」と信じていました。

それに、「神経の仕組みがわかった!」とか「手が動かない原因が分かった!」というように勉強したことで臨床が変わることが嬉しくて、舞い上がっていたというのもあるかもしれません。

勉強することは大事なのですが、間違った臨床アイデアを患者さんに適用してしまうことで害を被るのは、言うまでもなく患者さんです。

患者さんのためになるよう、ちゃんとした臨床アイデアに変換し、リハビリを実施していくことが大事だと思います。

個人的には、ちゃんとした臨床アイデアに変換するためには第3の因子を理解し、整理しておくことが大事だと思います。

来週の脳科学・バイオメカニクスコースではその点を踏まえてワークショップやっていきたいと思います。

本日は「脳科学を臨床に活かすときに気を付けるポイントPart.1」というテーマでお話しさせていただきました。

また別の機会にPart2以降をやっていきたいと思います。

BRAINでは脳卒中EBPプログラムというオンライン学習プログラムを運営しております。

2021年前期はおかげさまで満員御礼となりましたが、後期は10月から開始、募集は7月〜8月ごろから開始する予定です。

ご興味がある方はよかったらホームページを覗いてみてください。

それでは今日もリハビリ頑張っていきましょう!