本日のテーマは「脳卒中リハビリにおける脳科学・バイオメカニクスの大事さ Part.1」です。
6月12日(土)19:30〜21:00、「脳卒中後の姿勢・運動制御に基づいたリーチ動作への介入〜臨床での視点を交えて〜」というテーマでBRAINの特別セミナーを開催します。
ご登壇いただくのは、ボバースインストラクター候補者の藤田良樹先生です。
藤田先生には、脳科学やバイオメカニクスをベースにした評価やリハビリ介入について、症例の患者さんデータを交えながらご講義いただく予定になっております。
Evidence Based Practiceと脳科学・バイオメカニクスは相性がよくないと思われる方もいらっしゃるのかなと思います。
「EBPには機器が必要で、機器がない施設や訪問リハビリではやむを得ず脳科学やバイオメカニクスに頼る」みたいなイメージがあるかもしれません。
個人的にはそんなことはないと思っていて、EBPの文脈の中でも脳科学やバイオメカニクスの知識はとても大事なものになります。
今回のラジオはなぜ大事なのか、という点についてお話ししたいと思います。
脳科学・バイオメカニクスの知識は “回復” を目指すリハビリで必須
そもそも脳科学やバイオメカニクスの知識が何を教えてくれるのか、ですが、これは①運動や動作、行為の正常なメカニズム②脳卒中発症後の脳活動、身体の動かし方、です。
ヒトはどのようにして腕を伸ばしているのか、どのようにして歩いているのか、どのようにして話をしているのか、といった正常の行為のメカニズムを知り、患者さんが脳卒中発症後にどのようにしてそれらを行なっているのかを教えてくれます。
これが何に役立つかというと、動作観察や動作分析に役立ってきます。
正常を知っておくと異常がわかりますし、正常な動作や正常な行為の獲得を目指す場合、正常と現状との差分、これが問題点になります。
つまり、正常を目指す、回復を目指すときに必要な知識になっていきます。
もう少し具体的に説明させていただきます。
Raghavan P(2015)は、回復を “機能をより正常な、損傷前の状態に戻すこと” と定義しています。
脳卒中後に脳が損傷前の状態に戻ることはなかなか難しいと思いますが、動作が発症前の状態に戻ること、発症前の状態に近づくことは可能であると考えられます。
歩行で言えば、いわゆる健常者の筋活動のパターン、関節運動のパターンに近づけていくことです。
例えばいわゆる健常者は、立脚初期、足が地面につくときには前脛骨筋が働いていて、足関節が背屈しているとか、立脚後期に股関節と膝関節が伸展して、足関節の底屈筋力によって推進力を得ていたりします。
そして歩行動作は最初の歩き出しは大脳皮質の活動がありますが、ほとんどは脳幹以下を中心とした神経活動により、自動的に行われています。
こういった、いわゆる健常者とか、いわゆる正常動作がどのようにして成り立っているのか、というのを教えてくれるのが脳科学やバイオメカニクスです。
脳卒中を発症された患者さんは、正常から逸脱した歩き方になってしまいますが、リハビリによっていわゆる正常運動パターンの獲得は可能です。
動作の “回復” を目指す場合、お手本となる正常動作、行為のメカニズムを知る必要があり、そのために脳科学やバイオメカニクスの知識が必要になります。
まとめると、脳科学とバイオメカニクスの知識は①運動や動作、行為の正常なメカニズム②脳卒中発症後の脳活動、身体の動かし方を教えてくれるものであり、その知識は脳卒中患者さんが動作の回復を目指すときに役立つ知識、ということです。
回復ではないリハビリなんてあるのか
「回復ではないリハビリって何?」と思われる方もいらっしゃると思うので、この点も説明させていただきます。
繰り返しになりますが、Raghavan P(2015)は、回復を “機能をより正常な、損傷前の状態に戻すこと” 、代償を “障害のある機能の代替または回避を行う戦略” と定義しています。
代償は決して悪いわけではなく、状況によっては、特に急性期とか回復期のリハビリにおいて、患者さんに日常生活を自立していただく必要があるときは回復ではなくむしろ代償動作戦略を獲得した方が早いです。
例えば、麻痺側上肢の運動機能向上を目指すのではなく、非麻痺側手で洋服を着れるようにするとか、短下肢装具を使って歩行自立していただくとか。
これは回復ではなく、代償動作戦略の獲得です。
このように、代償動作戦略の獲得によっても、運動パフォーマンスは向上します。
非麻痺側上肢のみを使って日常生活動作(Activity of Daily Living: 以下、ADL)が自立していても、両手を使ってADLが自立していても、FIMの運動項目が満点になることはあります。
このとき、非麻痺側上肢のみを使ってADLの自立を目指していく場合は、Raghavan P(2015)が定義している回復と代償のうち、代償にあたる考え方になります。
一方で、麻痺側上肢を使って病前と同じような動きを獲得し、ADLの自立を目指していく場合は、Raghavan P(2015)が定義している回復と代償のうち、回復にあたる考え方になります。
なので、一般的に急性期や回復期のリハビリでは回復の要素ももちろんあると思いますが、代償の要素による運動パフォーマンス向上を目指すことが多いのではないかと思います。
利き手交換とか、装具の処方とか、やりますよね。
また、歩行の例として免荷式トレッドミルトレーニング(Body Weight Supported Treadmill Training: 以下、BWSTT)を挙げさせていただきます。
BWSTTは、特に歩行が自立されている人にとってですが、歩行速度や歩行距離を向上させる効果があるとされています(Mehrholz J 2017)。
歩行速度や歩行距離というのは、移動の自立度やバランスなどと相関があり、歩行速度が速かったり、歩行距離が長い人は広い範囲を移動できるとか、バランスよく安全に移動できる、という関係があります。
その点、BWSTTは優秀なリハビリの選択肢と言えるのですが、一方で歩行の推進力を向上させるとは言えないという報告がされています(Alingh JF 2020)。
推進力というのは、立脚後期に股関節や膝関節が伸展した状態で足関節が底屈して身体を前方に押し出す力のことで、正常歩行の重要な要素です。
推進力があるから、ヒトは歩きで前方へ移動することが可能になります。
脳卒中患者さんは麻痺側下肢の推進力が低下することがわかっています。
もちろん歩行動作の回復を目指す場合は、この推進力の再獲得も重要な要素になるわけですが、BWSTTではこれを再獲得するのが難しいようです。
推進力を獲得せずに歩行の速度が速くなるとか距離が長くなるというのは、代償動作戦略の獲得が行われている可能性が高いですよね。
これらはあくまでも一例ですが、このように、”代償” の考え方によって運動パフォーマンスが向上し、ADLが自立していく、ということは往々にしてあることです。
そして、それは決して悪いことではなく、状況により必要なことです。
ただし、”代償” の考え方によるリハビリテーションの選択肢しかない、という状態は問題ですよね。
“回復” の考え方に基づくリハビリテーションの選択肢も持ちつつ、”代償” の考え方によるリハビリテーションの選択肢を提供できる状態になっておきたいです。
脳科学・バイオメカニクスも大事ですよね
まとめると、脳科学やバイオメカニクスは患者さんの動作の回復を目指す場合に必要な知識になります。
仮に、脳科学やバイオメカニクスの知識がない状態で脳卒中患者さんのリハビリテーションを行うと、代償による運動パフォーマンス向上しか選択肢がないセラピストになってしまいます。
患者さんが「代償でもなんでもいいからADLを自立させたい」という方ならそれで問題ないですが、実際は「できれば病前の状態に戻りたい」と考えている患者さんもいますよね。
回復を望んでいらっしゃる患者さんに対応するためには、回復を促すための知識やスキルをセラピストが持っている必要があります。
そして、回復を目指すときに必要なのが脳科学・バイオメカニクスの知識になります。
ですので、脳科学・バイオメカニクスの知識を持っていることで回復を目指すリハビリの選択肢を提供できることにつながります。
本日は「脳卒中リハビリにおける脳科学・バイオメカニクスの大事さ」というテーマでお話しさせていただきました。
BRAINでは脳卒中EBPプログラムというオンライン学習プログラムを運営しております。
2021年前期はおかげさまで満員御礼となりましたが、後期は10月から開始、募集は7月〜8月ごろから開始する予定です。
ご興味がある方はよかったらホームページを覗いてみてください。
それでは今日もリハビリ頑張っていきましょう!
参考文献
Mehrholz J, Thomas S, Elsner B. Treadmill training and body weight support for walking after stroke. Cochrane Database Syst Rev. 2017 Aug 17;8
Alingh JF, Groen BE, Van Asseldonk EHF, Geurts ACH, Weerdesteyn V. Effectiveness of rehabilitation interventions to improve paretic propulsion in individuals with stroke – A systematic review. Clin Biomech (Bristol, Avon). 2020 Jan;71:176-188.
Raghavan P. Upper Limb Motor Impairment After Stroke. Phys Med Rehabil Clin N Am. 2015 Nov;26(4):599-610.