バイアスって聞き慣れない言葉かもしれませんが、簡単にいうと臨床推論の落とし穴です。

場所を知っていれば落とし穴を避けてゴールまで到達できますが、場所を知らなければ落とし穴に引っかかってしまいゴールに到達できなくなる。

つまり、バイアスを知っていればバイアスを避けることで正しい評価をすることができますが、バイアスを知らなければバイアスに陥ってしまって正しい評価ができなくなる可能性が高まる、ということです。

そしてバイアスは、トップダウン評価で起こりやすくなります。

学生の時はボトムアップ評価を行って、全体的にもれなく評価をしたと思いますが、経験年数が長くなってくるとトップダウン評価になっていきます。

一旦整理させていただきますと、トップダウン評価というのは、患者さんの目標や課題に対して、問題がある部分を予測して評価していく方法です。

ボトムアップ評価というのは患者さんの目標や課題に対して、問題となりうる部分を全て評価していく方法です。

トップダウン評価は経験を重ねることで、問題になる部分をある程度予測できるようになるため精度が上がり、短時間で評価を終えられるようになります。

ボトムアップでは時間がかかり過ぎるのですね。

しかしながらトップダウン評価というのは、本当の問題点を見落とすリスクがあります。

セラピストが問題になる部分を予測して評価を進めていきますが、この予測が外れてしまうことがあり、結果として本当の問題点は検査すらされないまま見落とされることがあります。

そうすると患者さんの改善にはつながらないですよね。

ですのでこの “見落とし” については最大限注意を払わなければなりません。

そして今日のテーマとつながるのですが、見落としを起こしてしまう要因の一つに “バイアス” があります。

簡単に説明すると、バイアス(系統誤差)というのは方法を間違えてしまうによって本来の結果ではない別の結果になってしまうことです。

そのバイアスにかからないことがトップダウン評価の見落としを防ぐために重要なのですが、そのためにまず、どういうバイアスがあるのかについて知っておく必要があります。

バイアスについて知っておくことができれば、どういう場面で問題点の見落としが起こりやすいか危険予知できるので、見落としが少なくなります。

そこで本日は代表的な6つのバイアスについて紹介させていただこうと思います。

評価で気を付けるべき6つのバイアス

まず最初に6つのバイアスを紹介します。

可用性バイアス、アンカリングバイアス、オーバーコンフィデンスバイアス、確証バイアス、ハッスルバイアス、ルールバイアス、です。

横文字ばかりで覚えづらいと思いますし、用語自体は覚える必要がありません。

それよりもヒト(セラピスト)はどういう場面でどういう誤りを犯しやすいのか、について知っておくことが大事です。

それでは、それぞれのバイアスについて説明します。

それぞれのバイアスについて

最初にモデルケースを共有したいと思います。

【モデルケース】
Aさん、Bさんの2名。

二人とも左被殻出血、右片麻痺、70歳、現在はT字杖を使って歩いていて、患者さんの希望が「杖なしで歩けるようになる」。

お二人とも杖なしで歩くと、トレンデンブルグ歩行のように麻痺側立脚期に身体が傾いてしまう。

この2名のモデルケースをベースにバイアスの説明をさせていただきます。

可用性バイアス

最近遭遇した類似症例と同じ評価を当てはめること、です。

例えば、あなたはAさんの評価を先に行い、トレンデンブルグ歩行のような歩きになってしまう原因が中臀筋の筋出力低下だったと仮説を立てました。

その後Bさんの評価を行う際、無意識でも(Aさんと同じだな)と思い、Aさんと同様に「中臀筋の筋出力低下が原因だ」とAさんの結果を当てはめてしまうことです。

トレンデンブルグ様歩行の原因は中臀筋の筋出力低下だけでなく、腹斜筋の短縮・筋緊張や股関節内転筋の筋出力、足部の回内(内反)、なども問題になり得ますよね。

これらの検査を行うことなしに、Aさんの評価結果に引っ張られ、「中臀筋の筋出力低下だ」と考えてしまうことです。

アンカリングバイアス

最初に考えた解釈に固執して考えを改めないこと、です。

例えばAさんの評価を行う時、最初に中臀筋の筋出力低下だと考えたとします。

先にお伝えしたように、トレンデンブルグ歩行は色々な原因がありますが、セラピストが「これは中臀筋の筋出力低下のせいだ」と固執してしまい、他の原因を考えなくなってしまうことです。

ハッスルバイアス

自分が最も楽に処理できるような仮説のみを考える、です。

これは身体的な “楽” も、精神的な “楽” も含みます。

例えば「腹斜筋の検査をするの面倒だな」「足部の回内ってどうやって検査すればいいんだっけ?」とか処理に頭や身体を使わないといけない場面でそれを無意識にでも拒絶してしまうために生じます。

確証バイアス

自分の意見に合わないデータを無視する、です。

例えば、中臀筋の筋出力低下が原因だと思い込んだ時、明らかに足部の痙縮の問題があり内反しているにもかかわらず、その所見を無視することです。

無視すれば中臀筋の筋出力低下だと思い込ませることができるので、楽に処理できるのです。

アンカリングバイアス、ハッスルバイアスと似ている部分があるかもしれません。

オーバーコンフィデンスバイアス

上司や先輩など権力者の解釈に盲目的に従う、です。

先輩にAさんの評価について相談に行ったとき、「Aさんの問題点は中臀筋の筋出力低下だよ」と言われて、それ以外の可能性を疑わず、盲目的に中臀筋の筋出力低下が原因だと思い込むことです。

これは病院あるあるではないでしょうか、、、

私も病院で勤務していた時は、先輩や上司の判断は絶対に正しいと思っていました。

ルールバイアス

医学的に正しいとされるルールに盲目に従う、です。

例えば、トレンデンブルグ歩行の原因は長らく中臀筋の筋出力低下と信じられてきていましたよね。

今では他にも色々な原因があることが明らかになっています。

医学的なルールに縛られず、あらゆる可能性を考えることが大事です。

バイアスを避けるためにボトムアップと混ぜる

さてまとめに入りますが、評価におけるバイアスには可用性バイアス、アンカリングバイアス、確証バイアス、ハッスルバイアス、オーバーコンフィデンスバイアス、ルールバイアスの6つがあります。

それぞれ、評価を行う際にひとつ以上の検査を行った後に生じる可能性が高いです。

バイアスを避けることでトップダウン評価における “見落とし” をなくし、正しい臨床推論を行える可能性が高まります。

そしてバイアスを避ける方法としてはボトムアップ評価を計画通り最後まで行う、というのが間違いない方法です。

事前に患者さんの目標・課題の構成要素を整理しておき、それぞれの構成要素について検査する準備をしておく。

今回のケースで言えばAさんの評価の時もBさんの評価の時も、トレンデレンブルグ歩行を引き起こし得る要素について整理し、検査する準備をしておく。

そして最後まで検査をやり切る。

こうすればバイアスに陥ることはほとんどないでしょう。

ですが、これはボトムアップ評価になるので時間がかかり過ぎてしまいますよね。

かたや、ボトムアップ評価から卒業してトップダウン評価をやり始めれば、必ず “見落とし” のリスクは高まります。

なので、評価の軸足をボトムアップに置きつつ、経験的に確実に(高い確率で)この要素は問題ない、と判断したときにその要素の検査を外す、というトップダウン的思考を用いる、というのが現実的かなと思います。

トップダウン評価に寄り過ぎていてバイアスにかかっていた可能性があると思った方は、改めてボトムアップに軸足を移すということも検討してみてください!