
脳卒後の性格変化は、ご本人の意思ではなく、脳の損傷によって起こる症状のひとつです(Zhou, 2023)。
「ちょっとしたことですぐ怒るようになった」「テレビを見て急に泣き出す」――。
こうした変化に、ご家族が一番戸惑い、ときに傷ついてしまうことがあります。
でも、これは「性格が悪くなった」のではなく、脳が助けを求めているサインです。
この記事では、脳卒中のあとに起こる性格の変化――怒りっぽさ・泣きやすさ・無気力――の原因と、ご家族ができる対応を、脳卒中専門リハビリ施設BRAINの代表で理学療法士の針谷が、臨床経験と研究論文に基づいて解説します。
・本記事の情報は、信頼性の高い研究論文から得られたデータを中心に引用しています。
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・顔のゆがみ(片側が下がる)
・片腕の脱力(腕が上がらない)
・言葉のもつれ(ろれつが回らない)
また、性格の変化に加えて以下がある場合は、早めにかかりつけ医にご相談ください。
・「死にたい」と口にする、自分を傷つけようとする
・1日の大半を泣いて過ごし、食事や睡眠がとれない
・周囲の人や物にくり返し暴力を振るう
・幻覚・妄想がある(誰もいないのに人が見える・声が聞こえる)
脳卒中 性格変化はなぜ起こるのか|まず知っておきたいこと
脳卒中のあとに起こる「性格の変化」は、ひとつの症状を指す言葉ではありません。
実際には、複数の異なる症状が「性格が変わった」という言葉でまとめられていることがほとんどです(Zhou, 2023)。
主に、次のような症状が含まれます。
- 易怒性(いどせい):ちょっとしたことで怒り出す、感情が爆発しやすい
- 感情失禁(かんじょうしっきん)/PBA:状況に合わない泣き笑いが止められない
- うつ症状:気分の落ち込み、興味の喪失、不眠
- アパシー(無気力):何にも興味がもてない、自分から動けない
- 不安症状:理由もなく不安で落ち着かない
- 社会的行動の変化:場の空気が読めない、相手の気持ちがわかりにくい
どれも、脳の特定の部位が損傷されたことで起こる症状です。
原因が違えば、対応の仕方も、効果のある治療も変わってきます。
脳のどこが傷つくとどう変わるのか
脳には、感情のブレーキ役を担う場所と、感情を生み出す場所があります。
とくに前頭葉(おでこの奥にある部分)は、怒りや悲しみを抑える「ブレーキ」の役割を担っています。
2023年に公開された脳卒中後の神経心理症状をまとめた分析によると、前頭葉や前頭葉と他の領域をつなぐ神経回路が損傷されると、感情のコントロールが難しくなることが報告されています(Zhou, 2023)。
また、橋(きょう)と呼ばれる脳幹の一部や小脳が傷つくと、泣き笑いが止められなくなる「感情失禁」が起こることが知られています。
2025年に公開された橋出血の方を対象にした研究では、脳のブドウ糖代謝を画像で調べたところ、感情失禁のある方は感情の調整に関わる回路の働きが変化していることが確認されました(Choi, 2025)。
どのくらいの方にみられるのか
脳卒中のあとに何らかの感情・行動の変化が出る方は、決して少数派ではありません。
2023年に公開された26の研究をまとめた分析では、脳卒中後にアパシー(無気力)がみられる方は約4人に1人(24.5%)と報告されています(Zhang, 2023)。
2025年に公開された複数のコホートをまとめた分析では、脳卒中後の不安症状は約27%、うつ症状は約32%の方にみられるとされています(Ruthmann, 2025)。
感情失禁(PBA)の頻度は研究によって幅があり、神経疾患全体では数%〜30%とされています(King, 2013)。
つまり、脳卒中を経験した方の3〜4人に1人は、何らかの感情面の変化を経験している計算になります。
「うちだけがおかしいのでは」と感じる必要はありません。
怒りっぽい・暴言が出る|易怒性と社会的行動の変化
「以前は穏やかな人だったのに、最近は些細なことで怒鳴るようになった」。
ご家族からよく聞くお話です。
これは「易怒性(いどせい)」と呼ばれる症状で、前頭葉やそこにつながる神経回路の損傷と関係しています(Harciarek, 2021)。
なぜブレーキがきかなくなるのか
健康な脳では、怒りや悲しみが湧いたときに、前頭葉が「ここで怒鳴ったらまずい」と判断して感情を抑えます。
このブレーキがうまくきかなくなると、感情がそのまま行動に出てしまいます。
2021年に公開された脳の細い血管の病気と神経症状の関係をまとめた分析でも、前頭葉の血流低下とイライラ・衝動性の増加が関連することが報告されています(Clancy, 2021)。
つまり、本人は「怒ろう」と思って怒っているわけではありません。
感情を制御する脳の働きが弱くなって、結果として怒鳴り声になってしまうのです。
「相手の気持ちが読めない」も症状のひとつ
怒りっぽさだけでなく、相手の表情から気持ちを読み取る力が落ちることもあります。
2022年に公開された右半球脳卒中を経験した方の研究では、表情から相手の感情を読み取る力が低下している方ほど、社会的なつながりや幸福感が低い傾向が示されました(O’Connell, 2022)。
2025年に公開された脳卒中後の社会的認知をまとめた分析でも、相手の意図や感情を理解する力に変化が出る方が多いことが報告されています(Davlasheridze, 2025)。
このため、ご家族の「悲しいよ」「困っているよ」というサインが、本人にうまく伝わらないことがあります。
急に泣く・笑う|感情失禁(PBA)とは
「テレビのコマーシャルを見て突然大泣きする」「悲しい話なのに笑い出してしまう」。
これは「感情失禁」または「PBA(仮性球麻痺性情動)」と呼ばれる症状です。
感情失禁の特徴は、本人の気持ちと、表に出る感情がズレていることです(Sauvé, 2016)。
うつとの違い|本人は悲しいわけではないことが多い
うつ症状の涙は、悲しみや絶望から自然に流れる涙です。
一方、感情失禁の涙は、本人がそれほど悲しくなくても突然出てきて、止められないのが特徴です。
2026年に公開された脳卒中後のPBAの方を対象にした研究では、うつ症状や不安症状を併せもつ方が多いものの、PBAそのものはうつとは別の病態であることが示されています(Dereschuk, 2026)。
つまり、「泣く=うつ」と決めつけずに、症状をよく観察することが大切です。
薬物療法の選択肢
感情失禁(PBA)は、症状が強く日常生活に支障がある場合、薬物療法が検討されることがあります。
2014年に公開された総説では、デキストロメトルファン/キニジンという薬がPBAの泣き笑いの頻度を有意に減らすと報告されています(Pioro, 2014)。
ただし、日本では脳卒中後のPBAに対する保険適用は限定的で、抗うつ薬(SSRIなど)が処方されることもあります(Stahl, 2016)。
薬の選択は必ず神経内科・リハビリ科の医師にご相談ください。
「やる気が出ない」と「気分の落ち込み」は別物
「リハビリに行きたがらない」「テレビも見ない」「話しかけても返事がない」。
こうした状態には、性質の違う2つの原因が考えられます。
ひとつはアパシー(無気力)、もうひとつはうつ症状です(Tay, 2021)。
見た目は似ていますが、原因も対応も違います。詳しくは脳卒中後うつ|やる気が出ないは後遺症かもしれないでも解説しています。
アパシーとうつの見分け方
| 項目 | アパシー(無気力) | うつ症状 |
|---|---|---|
| 本人のつらさ | 「とくにつらいわけではない」 | 「悲しい」「死にたい」と訴える |
| 感情 | フラットで動きにくい | 沈んでいる、涙が出る |
| 食事・睡眠 | 大きな変化はない | 食欲不振・不眠が出やすい |
| 自殺の危険 | 少ない | 注意が必要 |
| 対応 | 小さな成功体験を積む | 精神科・心療内科への相談 |
2022年に公開されたアパシーとうつをまとめた分析では、アパシーもうつも、どちらも日常生活の自立度の低下と関連することが報告されています(Green, 2022)。
つまり、「やる気がない」を放っておくと、リハビリも生活も動かなくなります。
日本の研究から|リハビリとの関係
2025年に公開された日本の脳卒中患者を対象にした研究では、アパシーやうつ症状が強い方ほど歩行訓練の達成度が低い傾向が報告されています(Maeda, 2025)。
感情面の症状は、身体のリハビリにも影響することが、日本のデータでも確認されています。
逆に言うと、感情面のケアと身体のリハビリは、車の両輪のように一緒に進める必要があります。
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家族ができる対応|「叱る」より「環境を整える」
性格の変化は、本人の努力だけでは変えにくい症状です。
そのため、ご家族の対応や周りの環境を整えるほうが、結果として落ち着いた毎日につながることが多いです。
怒鳴られた時の対応
怒鳴られた瞬間は、ご家族もつらく、反論したくなります。
しかし、その場で言い返すと、お互いに感情が爆発しやすくなります。
次のような対応がBRAINでは推奨しています。
- その場をいったん離れる:「お茶を入れてくるね」と席を外して数分時間をおくと、本人も落ち着きやすいです
- 論破しない:正論で反論すると、ブレーキがきかない脳には逆効果です
- 落ち着いてから短く伝える:怒りが収まったあとで「さっきの言葉は悲しかった」と一言だけ伝えます
- 記録をつける:怒りが出た時間・きっかけ・場面をメモしておくと、引き金が見えてきます
怒りの引き金を減らす環境づくり
怒りやすさは、疲れ・空腹・痛み・騒がしさで強くなります。
これらの引き金を減らすことで、感情の爆発を予防できます。
- 1日のスケジュールを一定に:食事・リハビリ・就寝の時間を毎日近づけると、本人が予測しやすくなります
- 疲れをためない:午前と午後にそれぞれ短い休憩を入れます
- 選択肢を2つに絞る:「何を食べたい?」より「ごはんとパン、どっちにする?」のほうが本人も決めやすいです
- テレビ・ラジオの音量を下げる:音の刺激が強いとイライラが増えやすくなります
- 痛みや便秘を見落とさない:肩や腰の痛み、便秘などの体の不快感が、怒りやすさの原因になっていることがあります
心理的なサポートとカウンセリング
2023年に公開された23の研究をまとめた分析では、認知行動療法(CBT)は脳卒中後のうつ症状と不安症状を有意に軽減すると報告されています(Ahrens, 2023)。
認知行動療法は、「考え方のクセ」に気づいて見直していく心理療法です。
怒りや不安が強い方の場合、心療内科・精神科・公認心理師によるカウンセリングが選択肢になります。
地域包括支援センターやかかりつけ医を経由して、相談先を紹介してもらえます。
相談窓口・受診の目安
性格の変化が日常生活に影響している場合、次の窓口に相談できます。
- かかりつけ医・神経内科:まずは主治医に「性格が変わったように感じる」と伝えてください。原因を確認するための検査や、必要な専門科への紹介を検討してもらえます
- リハビリテーション科:高次脳機能障害の評価ができます。神経心理学的検査で、感情コントロールや社会的認知の状態を客観的に確認できます
- 心療内科・精神科:うつ症状や強い不安がある場合、薬物療法とカウンセリングを検討します
- 地域包括支援センター:介護保険サービスの利用や、家族会の紹介を受けられます。お住まいの市区町村の窓口にお問い合わせください
- 高次脳機能障害支援拠点機関:各都道府県に設置されています。生活面の相談や、就労支援などの情報が得られます
ご家族が脳卒中になった直後の対応については、家族が脳卒中になった|発症直後から退院までにやるべきこともあわせてご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 性格の変化は時間が経てば元に戻りますか?
症状の種類と脳の損傷の場所・大きさによって異なります。
発症後数か月の間は自然に改善する方も多くいらっしゃいます。
ただし、慢性期に入っても症状が続く場合は、適切なリハビリと環境調整で生活しやすくする工夫が大切です(Zhou, 2023)。
Q. 本人は自分の性格が変わったことに気づいていますか?
気づいていない方も多くいらっしゃいます。
とくに前頭葉が損傷された場合は、自分の変化を自分で気づきにくくなることが知られています(Harciarek, 2021)。
ご家族が「最近こんな様子が増えた」と医師に具体的に伝えることが、診断と支援に役立ちます。
Q. 怒鳴られた家族はどうケアすればいいですか?
ご家族自身の心と体を守ることが、長く支えるための前提になります。
「症状であって本人の意思ではない」と頭でわかっていても、何度も怒鳴られると傷つくのは当然です。
家族会・地域包括支援センター・心療内科などに、ご家族自身の相談先を作っておくと安心です。
Q. 急に泣き出した時は、どう声をかければいいですか?
慌てて「どうしたの!」と問い詰めるより、静かにそばにいるのが基本です。
感情失禁の涙は、本人が悲しいから泣いているとは限りません。
「大丈夫だよ、ゆっくりで」と短く伝え、おさまるのを待つのがBRAINでは推奨しています(Sauvé, 2016)。
Q. 薬で性格は元に戻りますか?
薬は症状を軽くする補助になりますが、「病前の性格に完全に戻る」ことを保証するものではありません。
うつ症状や感情失禁、強い不安などには、薬が役立つ場合があります。
大切なのは、薬と環境調整・心理サポートを組み合わせて、生活しやすい状態を作ることです。
まとめ
- 脳卒中後の「性格の変化」は、脳の損傷で起こる症状であって、本人の意思ではない
- 怒りっぽさ・感情失禁・うつ・アパシー・不安・社会的認知の変化など、複数の症状が含まれる
- 脳卒中を経験した方の3〜4人に1人が、何らかの感情面の変化を経験している
- 「叱る」より「環境を整える」「短く伝える」「その場を離れる」が効果的
- うつ症状や強い不安がある場合は、心療内科・精神科の受診も選択肢
- ご家族自身のケアと相談先の確保が、長く支えるための土台になる
次にやるべきこと:気になる症状を、いつ・どんな場面で起こったかをメモに残しておきましょう。受診時に医師に伝えると、原因の特定と対応の選択に役立ちます。
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参考文献
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最終更新:2026年5月

