脳卒中後うつは、麻痺や言葉のしにくさと並ぶ代表的な後遺症のひとつで、脳卒中を経験した方の約3割が経験すると報告されていますIgnacio, 2024)。

朝起きても何もする気が起きない、テレビも食事も楽しめない、リハビリにも気持ちが向かない――。

そのような「やる気が出ない」状態は、性格の問題ではなく脳の損傷によって起こりうる症状です。

この記事では、脳卒中後うつ(PSD)と「やる気が出ない」状態の正体(アパシー)の違い、評価の方法、薬とリハビリでできること、家族の関わり方を、脳卒中専門リハビリ施設BRAINの代表で理学療法士の針谷が、臨床経験と研究論文に基づいて解説します。

情報の信頼性について
・本記事はBRAIN代表/理学療法士の針谷が執筆しています(執筆者情報は記事最下部)。
・本記事の情報は、信頼性の高い研究論文から得られたデータを中心に引用しています。
・診断・薬の処方は医師の役割です。本記事は受診時の参考情報としてご活用ください。

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⚠ 今すぐ医療機関への相談を検討してください
以下の症状が突然出た場合は、様子を見ずに救急要請(119番)を検討してください。
・顔のゆがみ(片側が下がる)
・片腕の脱力(腕が上がらない)
・言葉のもつれ(ろれつが回らない)

また、気分の落ち込みや意欲低下が2週間以上続く場合は、早めに主治医・かかりつけ医・心療内科に相談してください。脳卒中後うつは適切な治療で改善が期待できます。
「死にたい」「消えてしまいたい」と感じたら
気持ちが追い込まれたとき、ひとりで抱え込まないでください。以下の窓口に電話で相談できます(無料)。
よりそいホットライン:0120-279-338(24時間・年中無休)
いのちの電話:0570-783-556(10時〜22時)
こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556(都道府県の相談窓口へ自動接続)

家族の方が気づいた場合も、すぐに主治医や上記窓口に連絡してください。

脳卒中後うつ|やる気が出ないは脳の症状かもしれない

脳卒中後うつは、英語で post-stroke depression(PSD)と呼ばれます。

気分の落ち込み、興味や喜びの喪失、不眠、食欲低下といった「うつ病」の症状が、脳卒中の発症後に新たに現れる状態を指します。

脳卒中後うつは「気の持ちよう」ではなく、脳の損傷と心理的なストレスが重なって起こる病気ですEspárrago Llorca, 2015)。

適切に評価し、薬・リハビリ・周囲の関わりを組み合わせれば、改善が期待できます。

どのくらいの人が経験するのか

2024年に公開された若年成人を対象にした分析では、脳卒中後うつの有病率は約32%と報告されていますIgnacio, 2024)。

2015年に公開されたレビューでも、急性期から慢性期までを通して脳卒中後うつの有病率は約3割程度であると報告されています(Espárrago Llorca, 2015)。

つまり、脳卒中を経験した3人に1人がうつの症状を経験するということです

「自分だけが落ち込んでいる」「気持ちが弱いせいだ」と感じる必要はありません。

BRAINの判断!
BRAINに通われる方でも、「リハビリに行きたくない日がある」「楽しいと思える時間が減った」とおっしゃる方は珍しくありません。本人が気づきにくいため、ご家族との面談で初めて気分の変化が浮かび上がることも多いです。

なぜ脳卒中のあとに気分が落ち込むのか

脳卒中後うつは、ひとつの原因ではなく複数の要因が重なって起こります。

  • 脳の損傷そのもの:気分や意欲を司る神経のはたらきが弱まる
  • 体の変化への戸惑い:麻痺・言葉のしにくさ・疲れやすさ
  • 生活の変化:仕事・趣味・役割の中断、入院による環境変化
  • 将来への不安:再発・回復・経済面への心配

2015年に公開されたレビューでは、脳の損傷部位だけでなく心理社会的な要因も同じくらい重要とされていますEspárrago Llorca, 2015)。

そのため、薬だけ・リハビリだけ・励ましだけでは十分でなく、複数のアプローチを組み合わせることが大切になります。

脳卒中後うつとアパシー(意欲低下)の違い

「やる気が出ない」と一言で言っても、医学的には2つの状態に分けて考えます。

ひとつは脳卒中後うつ、もうひとつがアパシー(意欲低下)です。

アパシーは、気分の落ち込みは目立たないのに、自発的な行動が減る状態を指しますHama, 2011)。

特徴脳卒中後うつアパシー(意欲低下)
気分の落ち込みあり(悲しい・つらい)目立たない(淡々としている)
自発的な行動減ることが多い明らかに減る
本人の苦しさ本人が苦しいと感じる本人は困っていないことが多い
家族の気づき表情が暗い、涙が多いと気づく声をかけないと動かないと気づく
誘ったときの反応「行きたくない」と拒む誘われれば動くが自分からは動かない

2025年に公開された研究では、アパシーがある方は歩行訓練の進み方が遅くなる傾向が報告されていますMaeda, 2025)。

うつとアパシーは重なって起こることもあれば、別々に起こることもあります。

そのため、「やる気が出ない」が続くときは、まずどちらの状態に近いかを医師や専門職と一緒に整理することが大切です。

BRAINの判断!
BRAINでは、初回評価のときに「気分」と「意欲」を分けてお伺いしています。リハビリの組み立て方や、ご家族への声かけのアドバイスが変わるためです。アパシーが目立つ方には「自分から動く機会」を意識的に作るプログラムを組みます。

意欲低下は身体の疲れやすさとも関連します。

疲れやすさが背景にある場合は脳卒中の疲労|疲れやすさの原因と対処法もあわせてご覧ください。

こんな症状はありませんか?セルフチェック

以下に2つ以上当てはまり、それが2週間以上続いている場合は、医師への相談を検討してください。

  • 気分が落ち込んでいる、悲しい気持ちが続く
  • これまで楽しめたことが楽しめない
  • 食欲がない、または逆に食べすぎてしまう
  • 眠れない、または日中も眠ってばかりいる
  • 何をするのもおっくうで、気力が湧かない
  • 自分を責める気持ちが強い、無価値だと感じる
  • 集中できない、決められない
  • 動作や話し方が遅くなったと感じる
  • 「死にたい」「消えたい」と感じることがある

とくに最後の項目に当てはまる場合は、様子を見ずに早急に医師や相談窓口へ連絡してください

ご家族が気づいた場合も、本人と一緒に受診を提案してください。

医療現場で使われる評価尺度(PHQ-9・GDS-15)

医療現場では、気分の状態を点数化する質問紙が使われます。

代表的なものに PHQ-9(9項目の質問で気分・睡眠・食欲などを評価)と GDS-15(高齢者向け15項目)があります。

2020年に公開された研究では、PHQ-9は脳卒中後うつのスクリーニングとして信頼性・妥当性が確認されていますDajpratham, 2020)。

PHQ-9は5〜10分で回答でき、外来診療や訪問リハビリでも使われています。

「最近、気分が沈むなと感じる」段階で、医師にPHQ-9を活用した評価を依頼することもできます。

脳卒中後うつの治療|薬・リハビリ・心理サポート

脳卒中後うつの治療は、薬とリハビリ、心理サポートを組み合わせる方法が基本です。

「薬を飲むかどうか」は本人と医師が相談して決めるもので、必ずしも全員に必要なわけではありません。

薬による治療|SSRIとは

SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、うつ病で広く使われる薬の一群です。

セロトニンという気分に関わる脳内物質のはたらきを助ける薬で、効果が出るまで数週間かかります。

2021年に公開された複数の研究をまとめた分析では、SSRIは脳卒中後うつの予防・治療の両方で気分症状を改善する効果が示されていますRichter, 2021)。

一方で、2021年に公開された国際的な分析(Cochraneレビュー)では、SSRIで運動機能や日常生活動作が改善する強い証拠は見出されず、出血や転倒のリスクには注意が必要と報告されていますLegg, 2021)。

つまり、SSRIは気分の症状には有効でも、麻痺の回復を直接早める薬ではないということです。

処方は必ず医師の判断で行い、自己判断で開始・中止しないでください

BRAINの判断!
BRAINでも、SSRIを服用中の方には主治医との連携を欠かしません。気分の変化や副作用(吐き気・ふらつき・出血傾向など)の有無をリハビリ前に確認し、運動負荷の調整に反映しています。薬の処方・調整は必ず主治医にご相談ください。

運動・リハビリで気分が改善する

運動は脳卒中後うつに対しても効果が確認されている、薬以外の代表的な選択肢です。

2025年に公開された複数の研究をまとめた分析では、運動が脳卒中後うつの症状を有意に軽減すると報告されていますZhang, 2025)。

2024年に公開された自宅運動を扱った分析でも、自宅で続けられる運動プログラムがうつ症状を和らげたと示されていますChen, 2024)。

2024年に公開された薬以外の治療をまとめた分析では、運動・鍼治療・心理療法などが、それぞれうつ症状の改善に貢献することが示されています(Yi, 2024)。

「運動できないほど落ち込んでいる」と感じるときも、無理のない範囲で体を動かす習慣が、結果的に気分の回復を助けます

脳卒中後のうつに最も効く運動は?1,061人のデータで判明【最適な量も解説】

退院後の生活で運動習慣をどう作るかについては退院後の脳卒中リハビリ完全ガイドでも詳しく解説しています。

BRAINの判断!
BRAINでは、気分が沈みやすい方には「短く・軽く・できた感が残る」運動から始めています。最初から長時間の運動を目標にせず、5分のウォーキングや座位での体操など、達成しやすい設定にすることで、運動と気分の好循環をつくります。

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脳卒中後うつとリハビリ|回復への影響

脳卒中後うつは、リハビリの進み方にも影響します。

2015年に公開されたレビューでは、うつ症状がある方は機能回復が遅くなり、退院後の自立度も下がりやすいと報告されていますEspárrago Llorca, 2015)。

意欲低下(アパシー)も独立してリハビリに影響します。

2023年に公開された研究では、脳卒中後早期のアパシーは3か月後の認知機能低下リスクの上昇と関連すると報告されていますLopatkiewicz, 2023)。

これは「うつやアパシーがあると治らない」という意味ではありません。

気分や意欲の問題に早めに対処することで、リハビリの伸びしろを取り戻せる可能性があるということです

再発予防の取り組みと並行して、気分のケアも回復のための大切な要素です。再発予防は脳卒中の再発予防|エビデンスに基づく具体的な対策もあわせてご覧ください。

家族にできること|関わり方の3つのポイント

家族の関わり方は、本人の気分とリハビリの両方に大きな影響を与えます。

2022年に公開された分析では、家族が一緒に運動に取り組むプログラムが、本人の不安・うつ症状の軽減につながることが示されていますChoo, 2022)。

①「がんばって」より「一緒に」

うつのときに「がんばって」「気の持ちよう」と励ますのは逆効果になることがあります。

本人がもうすでに頑張っている状態のため、「一緒に散歩しようか」「ここまでで十分」と寄り添う言葉が安心につながります

②「動かない」を責めず、きっかけを作る

意欲低下(アパシー)が強い方は、自分から動き出すこと自体が難しい状態です。

「やる気がない」と責めるのではなく、短時間の散歩、家事の一部、決まった時間のラジオ体操など、きっかけを準備するのが効果的です

誘ったときに動けたら、結果ではなく「行動できたこと」を一緒に喜んでください。

③ 家族自身も支援を受ける

介護する側の家族にも、うつの症状が出ることが知られています。

家族自身が休む時間を確保し、ケアマネジャー・地域包括支援センター・主治医に困りごとを共有することが、本人と家族の両方を守ることにつながります

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BRAINでは、面談時にご家族の様子も伺うようにしています。ご本人だけでなく、ご家族の睡眠時間・気分の変化・困りごとを共有していただくことで、ケアプランやリハビリ計画に反映できます。「家族こそ休んでよい」が回復を支えます。

よくある質問(FAQ)

Q1. 脳卒中後うつは時間が経てば治りますか?

自然に良くなる方もいますが、放置せず適切に対処することが大切です。

2015年に公開されたレビューでは、対処しないままだと回復が遅れ、長期化する傾向があると報告されています(Espárrago Llorca, 2015)。

Q2. 抗うつ薬は飲み始めたら一生やめられないのですか?

そのようなことはありません。

症状が落ち着いてきたら、医師の指示で少しずつ減らしていくのが一般的です。

自己判断で急に止めると気分が不安定になることがあるため、必ず主治医と相談しながら調整します。

Q3. 心療内科や精神科は受診したほうがいいですか?

気分の落ち込みや意欲低下が2週間以上続くなら、まずは脳卒中の主治医に相談してください。

主治医から心療内科・精神科への紹介がスムーズに行えます。

「死にたい」気持ちがある場合は、すぐに相談窓口や救急外来に連絡してください。

Q4. 家族として何から始めればよいですか?

まずは「責めない」「比べない」を意識してください。

そのうえで、毎日5〜10分の散歩や軽い体操など、本人と一緒にできる運動を生活に組み込んでみてください。

家族自身も、介護のことで悩むときはケアマネジャーや地域包括支援センターに相談していただけますと、選択肢が広がります。

Q5. リハビリで気分が改善した実感は得られますか?

運動を続けていると、数週間単位で「眠れるようになった」「人と話したくなった」という変化を感じる方が多いです。

2025年に公開された複数の研究をまとめた分析でも、運動が気分症状の改善に貢献することが示されています(Zhang, 2025)。

まとめ|ひとりで抱え込まず、相談から始める

脳卒中後の「やる気が出ない」は、性格や努力の問題ではなく、脳の症状である可能性があります。

脳卒中を経験した方の3人に1人がうつの症状を経験すると報告されており、決して珍しい状態ではありませんIgnacio, 2024)。

  • 気分の落ち込みが2週間以上続いたら主治医に相談する
  • 「うつ」と「アパシー(意欲低下)」は別物として整理する
  • 薬・運動・心理サポートを組み合わせる
  • 家族は「がんばって」より「一緒に」
  • 家族自身も支援を受ける

BRAINでも、気分や意欲の変化を感じる方への運動・生活づくりのサポートを行っています。

「リハビリの場で気持ちの相談もしたい」と感じたら、お気軽にお問い合わせください。

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参考文献

  1. Ignacio KHD, Muir RT, et al. Prevalence of depression and anxiety symptoms after stroke in young adults: A systematic review and meta-analysis. J Stroke Cerebrovasc Dis. 2024 Jul. PMID: 38657829
  2. Espárrago Llorca G, Castilla-Guerra L, et al. Post-stroke depression: an update. Neurologia. 2015 Jan-Feb. PMID: 22901370
  3. Hama S, Yamashita H, et al. Post-stroke depression and apathy: Interactions between functional recovery, lesion location, and emotional response. Psychogeriatrics. 2011 Mar. PMID: 21447112
  4. Maeda T, Shishido K, et al. Relationship between apathy/post-stroke depression and gait training in patients with stroke. Psychogeriatrics. 2025 Mar. PMID: 39832919
  5. Dajpratham P, Pukrittayakamee P, et al. The validity and reliability of the PHQ-9 in screening for post-stroke depression. BMC Psychiatry. 2020 Jun. PMID: 32517743
  6. Richter D, Charles James J, et al. Selective Serotonin Reuptake Inhibitors for the Prevention of Post-Stroke Depression: A Systematic Review and Meta-Analysis. J Clin Med. 2021 Dec. PMID: 34945207
  7. Legg LA, Rudberg AS, et al. Selective serotonin reuptake inhibitors (SSRIs) for stroke recovery. Cochrane Database Syst Rev. 2021 Nov. PMID: 34780067
  8. Zhang Y, Li G, et al. Effects of Exercise on Post-Stroke Depression: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. Life (Basel). 2025 Feb. PMID: 40003693
  9. Chen R, Guo Y, et al. Effects of home-based exercise interventions on post-stroke depression: A systematic review and network meta-analysis. Int J Nurs Stud. 2024 Apr. PMID: 38290424
  10. Yi Y, Zhao W, et al. Effectiveness of non-pharmacological therapies for treating post-stroke depression: A systematic review and network meta-analysis. Gen Hosp Psychiatry. 2024 Sep-Oct. PMID: 39084147
  11. Choo WT, Jiang Y, et al. Effectiveness of caregiver-mediated exercise interventions on activities of daily living, anxiety and depression post-stroke: A systematic review and meta-analysis. J Adv Nurs. 2022 Jul. PMID: 35451521
  12. Lopatkiewicz AM, Slowik A, et al. Pre-stroke and early post-stroke apathy is associated with increased risk of dementia 3 months after stroke. Int J Geriatr Psychiatry. 2023 Dec. PMID: 38141049
最終医療レビュー日:2026年4月27日|執筆:針谷遼(株式会社BRAIN代表/理学療法士)
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医学的判断は主治医にご相談ください。