
「論文に書かれているカットオフ値、結局どう使えばいいの?」
「TUGが13.5秒以上で転倒リスクが高い、と聞いたけど、なぜその数字なのか分からない」
カットオフ値(cutoff value)は、検査結果を「陽性/陰性」「リスクあり/なし」に振り分けるための判断ラインのことです。
カットオフ値の意味と限界を理解できると、評価結果を臨床判断につなげるスピードと精度が一段上がります。
逆に、カットオフ値の決め方や前提条件を知らないまま使っていると、判定を誤って介入方針を見誤るリスクがあります。
本記事では、PT・OT・STが日常臨床で評価指標を使いこなせるよう、カットオフ値の定義・感度/特異度との関係・ROC曲線とYouden indexによる決め方・脳卒中で使われる主要カットオフ値の活用例まで体系的に解説します。
情報の信頼性について
・本記事はBRAIN代表/理学療法士の針谷が執筆しています(執筆者情報は記事最下部)。
・本記事はYouden(Cancer 1950)、Hajian-Tilaki(Stat Methods Med Res 2018)、Andersson AG et al.(J Rehabil Med 2006)、Bohannon RW et al.(J Phys Ther Sci 2013)、Mehrholz J et al.(Arch Phys Med Rehabil 2007)、Stinear CM et al.(Ann Clin Transl Neurol 2017)等、診断精度評価方法論および脳卒中評価指標カットオフ値研究の原著文献に基づいて解説しています。
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本記事の結論
- カットオフ値は検査結果を陽性・陰性に振り分ける判断ラインで、感度と特異度のトレードオフで決まる
- 最適カットオフ値はROC曲線上でYouden index(感度+特異度-1)が最大になる点として求める
- カットオフ値は対象集団・施設環境・併存疾患によって変わるため、論文の値をそのまま使う前に対象者の特性を確認する必要がある
- 脳卒中で使われる代表的なカットオフ値はTUG 13.5秒、10m歩行0.4 m/s、Berg Balance Scale 45点、Fugl-Meyer上肢32点/52点などがある
- カットオフ値は単独で使わず、他の評価指標や臨床所見と組み合わせて総合的に判断する
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本記事ではカットオフ値の概念と臨床活用の全体像を解説します。論文に書かれた数値を「自分の患者にどう当てはめるか」「複数のカットオフ値が衝突したときどう優先するか」といった臨床判断の翻訳ステップは、書籍『文献検索の超基本』第8章で症例ベースに詳説しています。172頁+40本動画でハンズオン学習できる構成です。
カットオフ値とは|検査結果を陽性・陰性に振り分ける判断ライン
カットオフ値(cutoff value、cut-off point)とは、連続値で得られる検査結果を「陽性/陰性」「リスクあり/リスクなし」「自立/要介助」のような2群に振り分けるための境界値のことです。
たとえばTimed Up and Go Test(TUG)では、所要時間が13.5秒以上であれば「転倒リスクあり」と判定されます。
この13.5秒という数字がカットオフ値です。
カットオフ値が必要になる理由は、TUGの結果(秒数)もBerg Balance Scaleのスコア(0〜56点)も連続値であり、そのままでは「臨床的に問題がある/ない」を判断しにくいためです。
連続値を2値に変換することで、「転倒予防プログラムを開始すべきか」「歩行補助具を検討すべきか」といった臨床判断に直結する情報に変わります。
ただし、カットオフ値は「絶対的な真実」ではありません。
カットオフ値は研究対象となった集団のデータから統計的に導かれた「最も判別精度が高い境界値」であり、対象者の特性が変われば適切な値も変わります。
感度・特異度との関係|カットオフ値を変えるとどうなるか
カットオフ値を理解するうえで欠かせないのが、感度(sensitivity)と特異度(specificity)の概念です。
感度は「本当に病気・リスクがある人を、検査で陽性と判定できる確率」を指します。
特異度は「本当に病気・リスクがない人を、検査で陰性と判定できる確率」を指します。
転倒リスクの例で言えば、感度が高いとは「実際に転倒する患者を見落とさず陽性と判定できる」、特異度が高いとは「実際には転倒しない患者を誤って陽性と判定しない」ということです。
カットオフ値を緩めると感度が上がり、特異度が下がる
たとえばTUGのカットオフ値を「13.5秒以上で転倒リスクあり」から「10秒以上で転倒リスクあり」に変えてみます。
10秒以上で陽性と判定すると、転倒リスクがある患者をより広く捕捉できる代わりに、本来は転倒しない患者まで陽性と判定されてしまいます。
これは「感度は上がるが特異度が下がる」状態です。
カットオフ値を厳しくすると特異度が上がり、感度が下がる
逆にカットオフ値を「20秒以上で転倒リスクあり」と厳しくすると、陽性と判定される患者は減ります。
確かに転倒しない患者を誤って陽性と判定するリスク(偽陽性)は減りますが、本来は転倒する患者を見落とす可能性(偽陰性)は増えます。
これが「特異度は上がるが感度が下がる」状態です。
感度と特異度は常にトレードオフの関係にあり、カットオフ値の設定はこのバランスをどう取るかという問題に帰着します。
感度と特異度の詳細な定義および診断精度評価の方法論については、Hajian-Tilakiの方法論レビューでまとめられています(Hajian-Tilaki, 2018)。
ROC曲線とYouden indexによる最適カットオフ値の決め方

カットオフ値はどうやって決められているのでしょうか。
最も標準的な方法が、ROC曲線(Receiver Operating Characteristic curve)を描き、Youden indexが最大になる点を最適カットオフ値とする方法です。
ROC曲線とは何か
ROC曲線は、横軸に「1-特異度(偽陽性率)」、縦軸に「感度(真陽性率)」を取り、カットオフ値を変化させたときの両者の関係をプロットしたグラフです。
カットオフ値を緩い値から厳しい値へ動かしていくと、感度と特異度が連続的に変化し、ROC曲線が描かれます。
ROC曲線が左上角(感度1.0、1-特異度0.0)に近いほど、その評価指標の判別精度が高いことを意味します。
ROC曲線の下面積をAUC(Area Under the Curve)と呼び、AUC=1.0で完全な判別、AUC=0.5でランダム(コイン投げと同等)を表します。
Youden indexで最適カットオフ値を決める
ROC曲線上のどこを「最適カットオフ値」とするかを統計的に決める指標がYouden index(J)です。
Youden indexは1950年にYoudenが提唱した指標で、計算式は「J=感度+特異度-1」です(Youden, 1950)。
このJが最大になるカットオフ値が、感度と特異度のバランスが最も取れた点として選ばれます。
ただし、Youden index最大点はあくまで「感度と特異度を等しく重視した場合」の最適点です。
臨床的に「絶対に見落としたくない」場面(例:脳卒中後の重度嚥下障害スクリーニング)では感度を優先し、Youden index最大点よりも緩いカットオフ値を採用することが理論的に妥当です。
カットオフ値を選ぶ方法は他にも、感度と特異度の和を最大化する方法、左上角からの距離を最小化する方法、目的別に重み付けする方法など複数あります(Hajian-Tilaki, 2018)。
EBP(エビデンスに基づく実践)の流れの中でカットオフ値をどう位置づけるかは、EBP・EBMガイドの記事で全体像を解説しています。
脳卒中で使われる主要カットオフ値の臨床活用例

ここからは脳卒中リハビリで頻用される評価指標のカットオフ値を、根拠論文とともに紹介します。
TUG 13.5秒|転倒リスクの判定
慢性期の脳卒中外来患者を対象とした研究では、TUG 14秒以上で転倒リスクの判別が可能と報告されています(Andersson et al., 2006)。
地域や対象集団によりカットオフ値は11〜15秒程度の幅で報告されており、施設の対象者特性に合わせた解釈が必要です。
TUGの実施手順や信頼性の詳細はTimed Up and Go Test(TUG)の使い方の記事を参照していただけますか。
10m歩行 0.4 m/s/0.8 m/s|歩行能力の段階分類
10m歩行テストは脳卒中の歩行能力を評価する代表的な指標です。
0.4 m/s未満は「家庭内歩行レベル」、0.4〜0.8 m/sは「制限付き地域歩行」、0.8 m/s以上は「地域歩行可能」とする分類が広く参照されています。
脳卒中後の歩行速度におけるMCID(minimal clinically important difference:臨床的に意味のある最小変化量)は0.10〜0.16 m/sと報告されています(Bohannon et al., 2013)。
歩行速度の改善が「カットオフ値をまたいで歩行カテゴリが変わる」レベルか「同一カテゴリ内の改善」かを区別すると、目標設定がより具体的になります。
Berg Balance Scale(BBS)|バランス機能と転倒リスク
Berg Balance Scaleは0〜56点の連続値で、得点が低いほどバランス障害が重度であることを示します。
脳卒中患者では45点未満で転倒リスクが上昇すると報告されており、40点未満では歩行補助具の使用や監視レベルの介助を要することが多いとされます。
ただしBBSのカットオフ値は研究によって36〜49点の幅があり、対象者の重症度・発症からの期間・追跡期間で大きく変動します。
より統合的なバランス評価にはBESTest(Balance Evaluation Systems Test)を併用すると、バランス障害のサブシステム別に介入方針を立てやすくなります。
Functional Ambulation Categories(FAC)|歩行自立度
FACは0〜5の6段階で歩行自立度を分類する指標です。
急性期脳卒中の研究では、入院時FAC 1点超で6か月後の地域歩行能力獲得を予測でき、カットオフ値として臨床的に有用であることが示されています(Mehrholz et al., 2007)。
FACは順序尺度のため厳密にはROC曲線で扱う場合に注意が必要ですが、臨床判断のシンプルな目安として広く使われています。
Fugl-Meyer Assessment上肢|重症度の層別化と予後予測
Fugl-Meyer Assessment(FMA)上肢は0〜66点で評価され、上肢運動機能の重症度を最も標準的に表す指標です。
近年の研究では、FMA上肢32点と52点を境界として「重度/中等度/軽度」の3群に層別化し、予後予測アルゴリズムであるPREP2にも組み込まれています(Stinear et al., 2017)。
FMA上肢の層別化はカットオフ値が単独で意味を持つというより、「同じ層別の患者に対しては類似の介入戦略が有効になりやすい」という意思決定支援ツールとして機能します。
FMA上肢のカットオフ値の安定性は、より大きな後続コホートでも検証されています(Varley et al., 2021)。
他の上肢評価との組み合わせ
FMA上肢以外にも、ARAT・WMFT・Box and Block Test・9HPT・MALはそれぞれ異なる側面の上肢機能を測定するため、目的に応じて組み合わせることで多面的な評価が可能になります。
各指標のカットオフ値は対象者の重症度や測定目的(機能レベル/活動レベル/実生活使用量)で異なるため、単一のカットオフ値だけで判断しないことが重要です。
歩行についても6分間歩行試験やG.A.I.T.(Gait Assessment and Intervention Tool)を併用すると、歩行持久力と歩行の質の両面を補足できます。
痙縮の評価ではModified Ashworth Scaleがよく使われますが、こちらはカットオフ値というより段階評価として用いられます。
カットオフ値を使うときの注意点
論文に書かれたカットオフ値をそのまま臨床に当てはめる前に、いくつかの注意点を押さえておく必要があります。
対象集団の違いを確認する
カットオフ値は研究対象となった集団のデータから導かれるため、年齢・発症からの期間・重症度・併存疾患が異なれば適切な値も変わります。
たとえば慢性期外来患者で導かれたTUG 13.5秒という値を、急性期入院患者にそのまま当てはめるのは適切ではないことが多いです。
論文を読むときは、Methodsセクションに記載された対象者の特性を必ず確認していただけますか。
論文の読み方の基本は論文の読み方の記事で解説しています。
施設環境・測定条件を揃える
カットオフ値が導かれた研究と、実際に評価する施設の測定条件が異なれば、同じ数値でも意味が変わります。
たとえばTUGでは、椅子の高さ・3mマーカーの設置方法・歩行補助具使用の有無・履物の指定などが研究によって異なります。
10m歩行テストでも、加減速区間の長さ(多くの研究で前後2〜3m)や測定区間(中央10m)の取り方を統一することが重要です。
カットオフ値は単独で使わない
カットオフ値は便利な臨床判断ツールですが、それ単独で介入方針を決めるのは危険です。
たとえばTUGが13.5秒未満であっても、視空間認知障害・服薬の影響・環境因子(自宅の段差・照明)が転倒リスクを高めている場合があります。
複数の評価指標と臨床所見を統合し、患者個別の文脈で判断することが必要です。
事前確率(有病率)の影響を理解する
同じ感度・特異度・カットオフ値でも、対象集団における陽性者の割合(事前確率・有病率)が変わると、陽性的中率(PPV)と陰性的中率(NPV)は大きく変化します。
急性期病棟(転倒リスク有病率が高い)と地域在住高齢者(転倒リスク有病率が低い)では、TUG 13.5秒以上という同じ判定でも「実際に転倒する確率」は異なります。
事前確率を考慮した解釈は論文の読み方の記事で詳述しています。
【BRAINの判断】論文に書かれたカットオフ値を「自分の患者」に翻訳する
論文のカットオフ値をそのまま使うのではなく、「対象集団の違いをどう補正するか」「複数のカットオフ値が衝突したときどう優先するか」を考えることがEBPの真髄です。書籍『文献検索の超基本』第8章では、論文から評価活用への翻訳ステップを症例ベースに解説しています。172頁+40本動画でハンズオン学習できる構成です。
脳卒中で使われる主要評価指標のカットオフ値一覧
本記事で扱った代表的なカットオフ値を一覧にまとめます。
各値はあくまで参考値であり、対象者の特性により適切な値は変動します。
| 評価指標 | カットオフ値 | 判定内容 | 対象者 | 詳細 |
|---|---|---|---|---|
| TUG | 13.5秒以上 | 転倒リスクあり | 慢性期外来脳卒中患者 | TUG |
| 10m歩行 | 0.4 m/s未満 0.4〜0.8 m/s 0.8 m/s以上 | 家庭内歩行 制限付き地域歩行 地域歩行可能 | 慢性期脳卒中患者 | 10m歩行 |
| 6MWT | 対象集団により幅あり | 歩行持久力/地域歩行可否 | 脳卒中(亜急性期〜慢性期) | 6MWT |
| Berg Balance Scale | 45点未満 | 転倒リスクあり | 脳卒中(研究により36〜49点の幅) | BBS |
| FAC | 入院時 1点超 | 6か月後地域歩行獲得を予測 | 急性期脳卒中 | FAC |
| Fugl-Meyer上肢 | 32点/52点 | 重度/中等度/軽度の境界 | 急性期脳卒中(PREP2アルゴリズム) | FMA |
| 10m歩行 MCID | 0.10〜0.16 m/s | 臨床的に意味のある最小変化量 | 入院リハビリ脳卒中患者 | 10m歩行 |
個別の評価指標の詳細・実施手順・採点基準・解釈は、リンク先の各記事を参照していただけますか。
まとめ|カットオフ値を臨床判断に翻訳する次のステップ
カットオフ値は連続値の検査結果を陽性・陰性に振り分ける判断ラインで、感度と特異度のトレードオフから決まります。
最適カットオフ値はROC曲線とYouden indexで導かれますが、対象集団・施設環境・併存疾患により適切な値は変動します。
論文のカットオフ値をそのまま使うのではなく、「自分の患者の特性に当てはまるか」を吟味することが重要です。
本記事ではカットオフ値の概念と主要な値の活用例を解説しましたが、論文を読みこなしてカットオフ値を自施設の臨床判断に翻訳するスキルは、書籍『文献検索の超基本』(金芳堂、針谷遼著)第8章で症例ベースに詳説しています。
172頁+40本動画でハンズオン学習できる構成で、PT・OT・STが評価指標を「自分の臨床」に落とし込むための翻訳ステップを段階的に解説しています。
カットオフ値の理解を深めたい方は、関連する基本記事としてEBP・EBMガイド、PubMedの使い方、論文の読み方を併せて参照していただけますか。
参考文献
Youden WJ. Index for rating diagnostic tests. Cancer. 1950 Jan;3(1):32-35. PMID: 15405679
Hajian-Tilaki K. The choice of methods in determining the optimal cut-off value for quantitative diagnostic test evaluation. Stat Methods Med Res. 2018 Aug;27(8):2374-2383. PMID: 28673124
Andersson AG, Kamwendo K, Seiger A, Appelros P. How to identify potential fallers in a stroke unit: validity indexes of 4 test methods. J Rehabil Med. 2006 May;38(3):186-191. PMID: 16702086
Bohannon RW, Andrews AW, Glenney SS. Minimal clinically important difference for comfortable speed as a measure of gait performance in patients undergoing inpatient rehabilitation after stroke. J Phys Ther Sci. 2013 Oct;25(10):1223-1225. PMID: 24259762
Mehrholz J, Wagner K, Rutte K, Meissner D, Pohl M. Predictive validity and responsiveness of the functional ambulation category in hemiparetic patients after stroke. Arch Phys Med Rehabil. 2007 Oct;88(10):1314-1319. PMID: 17908575
Stinear CM, Byblow WD, Ackerley SJ, Smith MC, Borges VM, Barber PA. PREP2: A biomarker-based algorithm for predicting upper limb function after stroke. Ann Clin Transl Neurol. 2017 Nov;4(11):811-820. PMID: 29159193
Varley BJ, Shiner CT, Johnson L, Pollock CL, Faux SG, Klein LA. Revisiting Poststroke Upper Limb Stratification: Resilience in a Larger Cohort. Neurorehabil Neural Repair. 2021 Mar;35(3):280-289. PMID: 33522426
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