
片麻痺患者さんの床からの立ち上がりで最も大切なのは、あわてて腕を引っ張らず、けがの確認をしてから椅子を使って段階的に起こすことです。
床に座り込んでしまった、転んで起き上がれない――。
片麻痺のあるご家族と暮らしていると、こうした場面に突然出会うことがあります。
このとき、よかれと思って一気に抱え上げると、本人のけがと、介助する人の腰痛の両方を招きます。
この記事では、転倒後にまず確認すること、安全な床からの起こし方、起こせないときの判断、そして本人が自分で立てるようになるための練習を、順番に解説します。
解説するのは、脳卒中専門リハビリ施設BRAINの代表で理学療法士の針谷が、臨床経験と研究論文に基づいてお伝えします。
・本記事の情報は、信頼性の高い研究論文から得られたデータを中心に引用しています。
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・意識がはっきりしない、呼びかけへの反応が鈍い
・頭を強く打った、出血している
・手足が動かない、強い痛みやしびれで動けない(骨折の可能性)
・顔のゆがみ、片側の急な脱力、ろれつが回らない(脳卒中の再発の可能性)
また、本人を一人で抱え上げようとしないでください。本人の落下・けがと、介助者の腰痛の両方を招きます。
片麻痺 床からの立ち上がりで、まず確認すること
転倒に気づいたとき、いちばんやってはいけないのは「すぐ起こそうとすること」です。
起こす前に、まずけがをしていないか、安全に動かせる状態かを確認します。
けがの有無をチェックする順番
落ち着いて、次の順番で確認してください。
- 声をかけ、意識と受け答えを確認する(名前を呼んで、はっきり返事ができるか)
- 頭を打っていないか、出血がないかを見る
- 手足を少しずつ動かしてもらい、強い痛み・しびれ・動かせない部分がないかを確認する
- 顔のゆがみ・ろれつ・急な脱力など、脳卒中を疑う症状がないかを確認する
ひとつでも当てはまれば、無理に起こさず119番を検討してください。
本人が落ち着いて受け答えでき、強い痛みもなければ、あわてずに起こす準備に入ります。
床に長くいると起こる「長く横たわる」リスク
確認は大切ですが、だらだらと時間をかけてよいわけではありません。
転倒後に長く床に横たわったままになる状態は、英語で「ロングライ(long lie)」と呼ばれます。
2026年に公開された総説では、65歳以上で転んだ人の約半数が自分で起き上がれず、助けを待つ間に床に長く横たわってしまうと報告されています(Kubitza, 2026)。
同じ総説では、床に長くいると体の不調や気持ちの落ち込みにつながり、1年以内に介護施設へ移るリスクが高まるとも指摘されています。
2023年に公開された文献をまとめた分析でも、長く横たわることは体だけでなく心にも影響するとまとめられています(Kubitza, 2023)。
つまり、けがの確認をしたら、あまり時間をかけず安全に起こすことが大切です。
なぜ腕を引っ張って抱え上げてはいけないのか
床から起こすとき、いちばんやりがちで、いちばん危ないのが「腕を引っ張って一気に起こす」やり方です。
麻痺側の腕を引っ張って起こすのは、絶対に避けてください。
麻痺側の肩は、関節を支える筋肉の力が弱くなっています。
腕を引っ張ると、肩関節がずれる「亜脱臼(あだっきゅう)」や、強い肩の痛みを起こすことがあります。
支えるときは、腕ではなく体(腰や肩甲骨のまわり)に手を添えます。
もうひとつの危険は、介助する人が一人で抱え上げようとすることです。
大人を床から持ち上げる動作は、介助者の腰を痛める大きな原因になり、途中で力尽きると本人を落としてしまう危険があります。
大切なのは「持ち上げる」ことではなく、本人が動く側の力を使って、自分で起き上がるのを手伝うことです。
椅子を使った安全な床からの起こし方|段階を踏む
けががなく、本人が落ち着いていれば、頑丈な椅子を使って段階的に起こすのが安全です。
一気に立たせるのではなく、横すわり→四つばい→片膝立ち→立つという小さな段階に分けます。
椅子を使った起こし方の手順
- 近くに頑丈で動かない椅子を置く(壁につけると、より安定する)
- 本人に横向きになってもらい、非麻痺側(動く側)の手で床を押して横すわりになる
- 動く側の手と膝を使って四つばいになり、椅子の座面に手をつく
- 動く側の足を前に立て、片膝立ちになる
- 椅子を支えに、動く側の足の力でゆっくり立ち上がる
- 立てたら、そのまま椅子に座って休む(息を整えてから移動する)
介助者は腕を引っ張るのではなく、椅子が動かないよう押さえ、腰に手を添え、次の動作を声かけする役割に回ります。
こうした起き上がりの手順は、専門的には「バックワードチェイニング」と呼ばれる教え方が知られています。
2020年に公開された複数の研究をまとめた分析では、起き上がりを小さな段階に分けて成功体験を積み重ねる方法が、床から立つ力と転倒への不安の両方の改善に役立つ可能性があると報告されています(Leonhardt, 2020)。
これは高齢者を対象にした分析ですが、段階を踏んで起こすという考え方は片麻痺のある方にも通じます。
立ち上がりで起こる血圧の急な低下が原因のことがあります。
また、起こす途中で頭痛や手足の脱力など脳卒中を疑う症状が出たら、すぐに救急要請(119番)を検討してください。
起こし方は「知っていれば防げる」ことが多い
起こし方には決まったコツがありますが、意外と教わる機会がありません。
2020年に公開された高齢者と支援者への聞き取り調査では、転んでも自分で起き上がれる人は半数ほどで、起き上がる技術が教えられている場面はまれだと報告されています(Swancutt, 2020)。
裏を返せば、あらかじめ手順を知って練習しておくだけで、いざというときの安全さが変わるということです。
自宅での起こし方や使う椅子の選び方を一緒に確認したい方は、体験リハビリで実際の動作を見せていただけます。
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どうしても起こせないときの対処と救急の判断
手順どおりに試しても、本人の力が出ず、安全に起こせないことがあります。
そのときは、無理に一人で起こそうとしないことが最も大切です。
起こせないときにできること
- 家族をもう一人呼ぶ、近所に応援を頼む(無理に一人でやらない)
- 体が冷えないよう、毛布やクッションをかけて保温し、頭の下にも何か敷く
- すぐ動かせないときは、そばを離れず声をかけ続け、安心させる
- 緊急通報サービスや地域の見守り、ケアマネジャーへの相談も活用する
転倒後の対応として、空気で膨らむマットや浴室用のリフトなどを使って起こした事例も報告されています(Patel, 2024)。
こうした福祉用具の導入は、ケアマネジャーや担当の療法士に相談すると検討しやすくなります。
迷わず救急要請(119番)を検討する場面
次の場合は、起こすことより先に救急要請を優先してください。
- 意識がはっきりしない、呼びかけへの反応が鈍い
- 頭を強く打った、けいれんしている
- 強い痛みで動かせない、手足の変形がある(骨折の可能性)
- 顔のゆがみ・片側の急な脱力・ろれつが回らない(脳卒中の再発の可能性)
判断に迷うときも、無理に動かさず救急に相談するほうが安全です。
本人が床から自分で立てるようになる練習
その場の起こし方と同じくらい大切なのが、本人が自分で床から立てる力を育てておくことです。
床から立てる力があると、転んでも長く横たわらずにすみ、転倒への不安もやわらぎます。
片麻痺では床から立つのが難しい理由
床から立つ動作は、椅子から立つよりずっと多くの力とバランスが必要です。
2023年に公開された脳卒中後の方を対象とした研究では、床から立つ動作の成績は、歩く力やバランス、バランスへの自信と関係していたと報告されています(Davis, 2023)。
対象は回復の途中にある脳卒中の方で、床から立つまでの時間や使う動き方を調べた研究です。
つまり、床から立つ練習は、歩く力やバランスを高めることとつながっているといえます。
日本でも、脳卒中の方が床から自分で立てるかを評価する方法が整えられつつあります(Kobayashi, 2026)。
これは65名の日本人の脳卒中の方を対象に、床から立つ力をはかる評価方法の信頼性を調べた研究です。
床から立つ力が、リハビリの場で大切な評価項目として扱われ始めていることがわかります。
土台になる「立ち上がり」を繰り返す
床から立つ力を育てる第一歩は、椅子からの立ち上がりを繰り返すことです。
2025年に公開された複数の研究をまとめた分析では、立ち上がり練習が、脳卒中後の立ち上がり能力やバランスの改善に役立つと報告されています(Josop, 2025)。
椅子からの立ち上がりで足の力とバランスを高めておくと、床から立つ動作にもつながります。
- 椅子はやや高めから始める(高いほうが立ちやすい。慣れたら少しずつ低くする)
- 足を膝より少し手前に引き、鼻が膝の前に出るくらい前かがみ(おじぎ)になってから立つ
- 立ったあと、すぐ座らず2〜3秒立ったまま静止する
- 転倒に備えて、前にテーブルや手すりを置き、近くで見守る
床からの起き上がりを安全に練習する
椅子からの立ち上がりが安定してきたら、床からの起き上がりも段階的に練習します。
2026年に公開された地域で暮らす高齢者を対象とした研究では、床から起き上がる練習を行った人は、転倒への不安がやわらぐ傾向がみられたと報告されています(Seeley, 2026)。
これは脳卒中に限らない高齢者を対象とした研究ですが、練習しておくことの価値を示しています。
練習中は本人を急かさず、できた段階をほめながら進めると続けやすくなります。声のかけ方は脳卒中リハビリへの家族の声かけ|関わり方のコツで詳しく解説しています。
さらに、2020年に公開された複数の研究をまとめた分析でも、運動や練習によって床から立つ力を高められる可能性が示されています(Burton, 2020)。
- 布団やマットの上など、やわらかく安全な場所から始める
- 横すわり→四つばい→片膝立ち→立つ、と動作を小さく区切って練習する
- つかまる椅子やソファを置き、必ず見守りのもとで行う
- うまくいった段階をほめながら、少しずつできる範囲を広げる
そもそも転ばないために|床での転倒を防ぐ
起こし方を知っておくことは大切ですが、いちばんよいのは転ばないことです。
2025年に公開された22の研究をまとめた分析では、バランスや移動する力の低下、薬の影響などが、脳卒中後の転倒に関わると報告されています(Xie, 2025)。
つまり、転倒は「不注意」だけでなく、体の状態や環境が重なって起こります。
家庭でできる転倒予防のチェックは、脳卒中後の転倒予防チェックリストにまとめています。
外出時の段差や坂道での転倒が心配な方は、片麻痺の屋外歩行|横断歩道・坂道・段差の攻略法もあわせてご覧ください。
よくある質問(FAQ)
Q. 転倒した家族を、すぐ起こしてもいいですか?
まずけがの確認が先です。
声をかけて受け答えを確認し、頭を打っていないか、強い痛みやしびれがないかを見てください。
意識がはっきりしない、動かせない、脳卒中を疑う症状があるときは、無理に動かさず119番を検討してください。
Q. 腕を引っ張って起こしてはいけないのはなぜですか?
麻痺側の肩は支える力が弱く、引っ張ると肩関節がずれる亜脱臼や強い痛みを起こすことがあるためです。
支えるときは腕ではなく、腰や肩甲骨のまわりに手を添えます。
本人が動く側の手と足を使って起き上がるのを手伝うのが基本です。
Q. どうしても起こせないときはどうすればいいですか?
無理に一人で抱え上げないでください。
けががないことを確認したうえで、家族をもう一人呼ぶ、毛布で保温して待つ、緊急通報サービスや地域の見守りを使う方法も検討してください。
起こせないのは家族の力不足ではなく、応援や救急に頼るのは正しい判断です。
Q. 本人が一人で床から立てるように練習できますか?
はい、段階を踏めば練習できます。
まず椅子からの立ち上がりで足の力とバランスを高め、横すわり・四つばい・片膝立ちと小さく区切って進めます。
必ず見守りのもとで、やわらかい場所から行ってください。
Q. 床に長くいると、どんな問題がありますか?
転倒後に長く床に横たわると、体が冷えたり、体や心の不調につながったりすることが報告されています(Kubitza, 2026)。
そのため、けがの確認をしたら、あまり時間をかけずに安全に起こすことが大切です。
起こせない場合は、保温しながら早めに応援や救急に相談してください。
まとめ
- 転倒に気づいたら、まずけが(頭部・骨折・脳卒中の症状)の有無を確認する
- 危険な症状があれば無理に動かさず119番。ない場合もあわてず起こす準備に入る
- 麻痺側の腕を引っ張らない。一人で抱え上げない
- 横すわり→四つばい→片膝立ち→立つの順に、椅子を使って段階的に起こす
- 起こせないときは応援を呼ぶ・保温する・緊急通報や見守りを使う
- 普段から立ち上がりと床からの起き上がりを練習し、転倒予防も同時に進める
次にやるべきこと:まずは「転んだらこの椅子を使う」と決め、けがの確認の手順を家族で共有してください。普段から横すわりまでの起き上がりを練習しておくだけでも、いざというときの安全さが大きく変わります。
自宅での起こし方や、本人が自分で立てるようになる練習を一緒に確認したい方は、BRAINの体験リハビリでご相談いただけます。
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参考文献
- Kubitza J, et al. [The long lie fall: An overview of consequences, diagnostics and interventions]. Z Gerontol Geriatr. 2026. PMID: 41790239
- Kubitza J, et al. Concept of the term long lie: a scoping review. Eur Rev Aging Phys Act. 2023;20(1):8. PMID: 37644386
- Leonhardt R, et al. Impact of the backward chaining method on physical and psychological outcome measures in older adults at risk of falling: a systematic review. Aging Clin Exp Res. 2020;32(6):985-997. PMID: 31939202
- Swancutt DR, et al. Knowledge, skills and attitudes of older people and staff about getting up from the floor following a fall: a qualitative investigation. BMC Geriatr. 2020;20(1):385. PMID: 33023509
- Patel A, Kirker S. Getting up With Lateral Thinking. Adv Rehabil Sci Pract. 2024;13. PMID: 38343430
- Davis AF, et al. Floor-to-Stand Performance Among People Following Stroke. Phys Ther. 2023;103(11):pzad102. PMID: 37690073
- Kobayashi E, et al. Inter- and intra-rater reliability, construct validity and feasibility of the independently get off the floor scoring system for Japanese stroke survivors. Top Stroke Rehabil. 2026. PMID: 40650472
- Josop NA, et al. Evaluating the effectiveness of different prescriptions of sit-to-stand training in post-stroke rehabilitation: A systematic review and meta-analysis. Medicine (Baltimore). 2025;104(45):e45905. PMID: 41204573
- Seeley SC, et al. Comparing the impact of active floor-rise training with video demonstration on fear of falling and independent floor-rise ability in older adults living in the community: a pilot cluster randomised controlled trial. Age Ageing. 2026. PMID: 41894198
- Burton E, et al. Are interventions effective in improving the ability of older adults to rise from the floor independently? A mixed method systematic review. Disabil Rehabil. 2020;42(6):743-753. PMID: 30512983
- Xie M, et al. Risk Factors for Falls and Recurrent Falls in Older Stroke Survivors: A Systematic Review and Meta-Analysis of Prospective Studies. Int J Older People Nurs. 2025;20(1):e70016. PMID: 41152212
最終更新:2026年6月

