ボバース・コンセプトは日本のリハビリの歴史に深く根付いている治療の概念です。
一般社団法人日本ボバース研究会さんのホームページから引用させていただきますと、ボバース・コンセプトについて「イギリスの医師である故カレル・ボバース博士と理学療法士のベルタ・ボバース夫人により開発された、リハビリテーション治療概念のひとつです。脳や脊髄といった中枢神経系の可塑性を活用し、中枢神経疾患に起因した障害をもたれた方々の機能改善をめざす治療です」とされています。
色々と批判を受けてしまうことがありますが、結局のところ患者さんのためになるのかどうか、というのが大事な判断基準になると思います。
そして、患者さんのためになるのかどうか、というのはエビデンスから判断できるので、今回はScrivener K(2020)のシステマティックレビュー、メタアナリシスの結果をもとにボバースの有効性について考えたいと思います。
ちなみに、私は最初ボバースの病院に入職しました。
6年間ボバースを学んだのですが、その後EBPの道に進んでおり、ボバースに対しては中立な立場ということでお考えいただけますと幸いです。
Scrivener K(2020)研究の概要
最初に、今回引用するScrivener K(2020)の概要について紹介します。
研究デザインはシステマティックレビューです。
Research Questionは「脳卒中患者さんに対するボバース・コンセプトに基づく介入は他の介入と比べて下肢の運動パフォーマンス(座位・立位バランス、立ち座り能力、歩行、走行、階段昇降)に対して有効か?」です。
ランダム化比較試験を対象にして情報収集をしています。
検索に使用された電子データベースはMEDLINE、EMBASE、CINAHL、PEDroの4つ、最終検索日は2019年1月でした。
英語以外の言語で書かれた論文も対象にされています。
検索式も確認しましたが、網羅的に検索されていると思います。
検索結果として、最終的に残った論文の数は22編、メタアナリシスの対象になった論文の数は17編でした。
注意点としては取り込まれた研究のバイアスリスクに問題があるのが多く、特にコンシールメントに問題がある研究がなんと22編中14編もあったということです。
コンシールメントというのは、ランダム化比較試験における選択バイアスというものを押さえるための措置です。
ランダム化比較試験では、研究スタッフが患者さんを介入群と対照群とに分けますが、このとき意図的に介入群に割り当てたり、意図的に対照群に割り当てたりできないように工夫する必要があります。
そうしないと、状況によっては「元々予後良好の患者さんだけ介入群に多めに割り当ててしまおう」といった不正ができてしまうからです。
このコンシールメントができていない(もしくは本文中に明記されていない)研究が22編中14編もあったというのは、これから紹介するメタアナリシスの結果自体がそもそも信頼に足る情報ではなくなるという可能性もあります。
その他、検査者盲検化が22編中8編でなされていない、ITT解析が22編中16編でなされていない、など、全体的に見るとバイアスリスクが高くなっています。
ボバース・コンセプトのエビデンス
そういった情報の信頼性の問題があり注意が必要という点を踏まえ、結果についてお伝えします。
まず、脳卒中患者さんに対するボバース・コンセプトに基づく介入が、課題指向型訓練と比べたときの下肢の運動パフォーマンスへの効果です。
先にお伝えした通り、下肢の運動パフォーマンスというのは幅広いアウトカムを指していますが、歩行能力をアウトカムにしたメタアナリシスの結果、ボバース・コンセプトと課題指向型訓練であれば、課題指向型訓練を支持するという結果になりました。
歩行に対しては、ボバース・コンセプトに基づく介入よりも課題指向型訓練の方が有益である、という結果です。
一方で、座位バランス、立位バランス、立ち座り能力、階段昇降、移動性、においてはボバース・コンセプト、課題指向型訓練ともにどちらが有効であるとは言えない結果になりました。
ざっくり説明すると、どちらも同程度の効果、ということになります。
続いて、脳卒中患者さんに対するボバース・コンセプトに基づく介入が、筋力トレーニングと比べたときの下肢の運動パフォーマンスへの効果です。
歩行をアウトカムにしたメタアナリシス、立位バランスをアウトカムにしたメタアナリシスの結果、ボバース・コンセプト、筋力トレーニングではどちらが有効であるとは言えない結果になりました。
こちらもざっくり説明すると、どちらも同程度の効果、ということになります。
まとめると、次の通りになります。
①歩行能力の向上を期待するのであればボバース・コンセプトに基づく介入をするよりも課題指向型訓練の方がいい
②座位バランス、立位バランス、立ち座り能力、階段昇降、移動性の向上を期待するのであればボバース・コンセプトに基づく介入をしても課題指向型訓練をしてもどちらでも良い
③歩行能力、立位バランスの向上を期待するのであればボバース・コンセプトに基づく介入をしても筋力トレーニングをしてもどちらでも良い
なお、この研究ではボバースとPNFを比較したときのメタアナリシスやボバースと複合的な介入を比較したときのメタアナリシスもあるので、よかったら参考にしてみてください。
患者さんのための議論を
結局、ボバース・コンセプトに基づく介入をした方がいいのかしない方がいいのか、ですがこれは判断が難しいところです。
というのも、このシステマティックレビューでは1980年代の論文から2010年代の論文まで広く取り込まれています。
そして、ボバース・コンセプトというのは最初にボバース夫妻が作った時から現在まで大きく形を変えているそうです。
ボバースが形を変えてきているのであれば、1980年代の論文で行われていたボバース・コンセプトというのは古いタイプのボバースである可能性もあります。
なので、現代ボバースを行った研究だけに絞っていたら、この問題についてもう少しはっきりしたことが言えたかもしれません。
また、何を持ってボバースというかが難しいところで、ボバースの効果はセラピストのスキルによる部分も大きいと思います。
もしかしたらベテランのボバースセラピストが介入すれば大きな効果が出て、初学者のボバースセラピストが介入すれば効果が出ない、ということもあるかもしれません。
今後は、このような点、「現代ボバースの効果はどうか」「ベテランボバースセラピストにだけ絞ったらどうか」などについても研究が進むと、より深い議論ができると思います。
(ただ、後者については再現性が低くなるので研究する必要があるのかどうかですが…)
また、近年ではボバース・コンセプトが批判の的になることもありますが、私が見てきたケースでは、ボバースに対して感情的に批判しているケースもあるように思います。
確かに現状にエビデンスからは、歩行においてはボバースよりも課題指向型訓練の方が望ましいと言わざるを得ないですが、バランスなどであればボバースよりも課題指向型訓練や筋力トレーニングがいいとは言えません。
つまり、ボバースでも良さそうです。
ボバース・コンセプトが好きだからボバースをやる、ボバースが嫌いだからボバースをやらない、ではなく、どういう人に対して、また何と比べて、何にどれくらい効果があるのかというデータを踏まえた上で、「目の前の患者さんにボバースを適用すべきかどうか」というのを判断した方がいいのではないかなと思います。
結局、患者さんのためになるならやった方がいいし、患者さんのためにならないのであればやらなくていい、というシンプルな話だと思います。
ちなみにこれはボバースに限らず、全てのリハビリ方法で同じです。
CI療法だって、電気刺激だって、ミラーセラピーだって同じで、患者さんのためになるならやった方がいいし、患者さんのためにならないのであればやらなくていい、と思います。
セラピストのこだわりに患者さんを巻き込むのではなく、患者さんによくなってもらうためにはどうすればいいか?という意思決定ができるといいですね。
本日は「ボバース・コンセプトのエビデンス2021年版」というテーマでお話しさせていただきました。
BRAINでは脳卒中EBPプログラムというオンライン学習事業を運営しております。
2021年前期はおかげさまで満員御礼となりましたが、後期は10月から開始、募集は7月ごろから開始する予定です。
ご興味がある方はよかったらホームページを覗いてみてください。
それでは今日もリハビリ頑張っていきましょう!
参考文献
Scrivener K, Dorsch S, McCluskey A, Schurr K, Graham PL, Cao Z, Shepherd R, Tyson S. Bobath therapy is inferior to task-specific training and not superior to other interventions in improving lower limb activities after stroke: a systematic review. J Physiother. 2020 Oct;66(4):225-235.