『杖なしで歩けるようになりたい』

…と思われる方は多いのではないでしょうか。

脳梗塞や脳出血(以下、脳卒中)を発症すると、歩行障害(ほこうしょうがい)が表れ、歩くのが大変になります。

少しでも歩きやすくするために使われるのが『杖』です。

ただ、できることなら杖なしで歩けるようになりたいですよね。

杖なしで歩けるようになるためにはどのような身体機能が必要かご存知でしょうか?

今回はBRAINが採用している『脳卒中患者さんが杖なしで歩けるようになるための5つの基準』を紹介します。

情報の信頼性について
・本記事はBRAIN代表/理学療法士の針谷が執筆しています(執筆者情報は記事最下部)。
・本記事の情報は、基本的に信頼性の高いシステマティックレビュー、ランダム化比較試験得られたデータを中心に引用しています。

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脳卒中後に杖なしで歩くための5つの条件

以下の通りです。

  • 歩行速度が0.8m/s以上である
  • バランス検査BESTestで70%以上のスコアをとれる
  • 脚の運動機能検査FMALEで25点以上をとれる
  • 杖がなくても目的地まで楽に歩ける
  • 杖があるときとないときとを比べ歩きかたに差がない

以下、詳しく解説します。

歩行速度が0.8m/s以上である

Point① 歩行速度が0.8m/以上である(10mを12.5秒以下で歩ける)

歩行速度が0.8m/s以上になると、杖を使うことでむしろ歩行速度が低下することが報告されています。

Nascimento LR(2015)は、歩行速度の異なる慢性期脳卒中患者さん24人を

  • 歩行速度が遅い(<0.4m/s)グループ
  • 歩行速度が普通(0.4〜0.8m/s)グループ
  • 歩行速度が速い(>0.8m/s)グループ

に分け、それぞれのグループで杖を持つ/持たない場合で歩行速度がどれくらい変化するか調査しました。

結果として、

  • 歩行速度が遅い(<0.4m/s)グループ
  • 歩行速度が普通(0.4〜0.8m/s)グループ

は杖を使うことで『歩行速度が速くなる』『歩幅が大きくなる』といったメリットがあったものの、歩行速度が速い(>0.8m/s)グループはむしろ『歩行速度が遅くなる』『歩幅は変化すると言えない』という結果になりました。

つまり、歩行速度が0.8m/s以上になればむしろ杖は歩行にマイナスの影響を及ぼすと言えます。

同様に、Ijmker T(2013)歩行速度が1.13m/sくらいの回復期脳卒中患者さんが杖を使うことで歩行速度が低下することを報告しました。

これらのことから、歩行速度が一定以上(0.8m/s以上)になれば、杖を外してもよいと言えるでしょう。

一方で、Polese JC(2012)の研究では、普段から杖(T字杖か松葉杖)を使っている慢性期脳卒中患者さんが杖なしで歩くと、いつもよりも歩行速度が低下することが報告されています。

杖ありで0.8m/sだとしても、杖なしでは0.8m/sを下回ってしまうことがあるので、杖なしでの歩行速度をしっかり評価しましょう。

歩行速度を測定する方法は?
10m歩行試験を使用するのが一般的です。10m歩くのに要する時間から歩行速度を算出します。病院でもご自宅でも簡単に検査を行うことができます。

バランス検査BESTestで70%以上のスコアをとれる

Point バランス検査BESTestで70%以上のスコア(76点以上)をとれる

一般的に、杖を使っている人はバランスが不良であることが知られています。

Hamzat TK(2008)は、脳卒中患者さん50人を対象にし、杖を使用している人のバランスや社会参加について調査しました。

結果として、『杖を使用している人はバランスが低く社会参加度も低い』ことを報告しています。

杖にはバランスを向上させる効果があるので、バランスを補うために杖を使うことは妥当であると言えます。

言い換えると、バランスがよくなれば杖を外してもよいと言えます。

Sahin IE(2019)は、慢性期脳卒中患者さんの転倒を予測する方法を検証しました。

結果として、Balance Evaluation Systems Test(以下、BESTest)という検査で69.44%以下のスコアである場合、1年以内に転倒しやすいことが明らかになりました。

この検査の特長は、カットオフ値の信頼性が他の検査と比べて比較的高いという点です(感度:75%、特異度:85%)。

転倒を予測する方法はいくつかありますが、BESTestで70%以上であることは転倒予防において大事な意味を持ちます。

これらを踏まえて、BRAINでは『BESTestで70%以上』をバランスの基準として設けています。

BESTestとは?
バランス能力を評価する108点満点の検査です。最終的にパーセンテージに直すので、108点をとれると100%と表記します。70%というのは、およそ76点に値します。

脚の運動機能検査FMALEで25点以上をとれる

Point③ 脚の運動機能検査FMALEで25点以上をとれる

杖なしで歩く場合、麻痺側下肢でしっかりとご自身の体重を支えたり、バランスをとるために脚を出さなければならないことがあるため、ある程度の運動機能が必要です。

Boonsinsukh R(2011)は、回復期脳卒中患者さん62人を対象に、タッチコンタクトと呼ばれる『杖を軽く持つこと』ができる人たちの特徴を報告しました。

この中で、Fugl-Meyer Assessment Lower Extremity(以下、FMALE)のスコアが24.6点くらいだったことが報告されています。

FMALEとは?
脳卒中後の下肢の運動機能を数値化する34点満点の検査です。病院でもご自宅でも簡単に検査を行うことができます。

タッチコンタクトなので『杖なし』ではないのですが、杖に依存せずに歩けるということで25点をひとつの基準としています。

また、Kwong PWH(2019)は、脳卒中患者さんの外出可能な高レベルの移動を予測するカットオフ値として21点を報告しています。

これらを踏まえると、杖なしで外出するための基準としてFMALE25点は妥当であると考えています。

杖がなくても目的地まで楽に歩ける

Point④ 杖がなくても目的地まで楽に歩ける

Ijmker T(2013)は、普段から杖を使っている人が杖なしで歩くと、いつもよりエネルギーコストが大きくなる(歩くのが大変になる、疲れる)ことを報告しました。

歩くのが大変になる(疲れる)ことによって、『杖を使っていれば○○(目的地)まで行けていたのに、杖を外したら行けなくなった』ということが起こり得ます。

杖を外すことによって活動範囲が狭くなってしまうのは望ましくないです。

杖がなくても、目的地まで楽に歩ける状態であることが大事です。

杖があるときとないときとを比べ歩きかたに差がない

Point⑤ 杖があるときとないときとを比べ歩きかたに差がない

杖を使うことによって、歩きかた(歩容)がよくなることが報告されていますKuan TS, 1999; Beauchamp MK, 2009)。

言い換えると、杖を外すことによって歩きかた(歩容)が悪くなってしまう可能性があります。

歩きかたについては気にされない方であれば問題ありませんが、気にされる方であれば、杖なしでの歩きかたをチェックし、問題ないことを確認しましょう。

杖なし歩行のためのテーピング

以上、杖を外すための5つの基準を紹介しました。

なお、杖を外すときは『杖あり→テーピング→杖なし』という手順を踏むとよいかもしれません。

杖を使うデメリットとして『筋活動の低下』があり、日常的に杖を使っている人は筋活動が低下している可能性があります。

筋活動をサポートしてくれるのがテーピングです。

Chen JL(2019)は、日常的に杖を使用している脳卒中患者さん28人を対象にし、テーピングを使用することの有効性を調査しました。

結果として、テーピングを行うことによって、杖なしでの歩行速度、歩行距離、バランスが改善したことを報告しました。

また、Maguire C(2010)は、脳卒中患者さん13人を対象にした研究で、股関節外転筋へのテーピングによって大臀筋の活動が5.8%増加することを報告しており、歩行に有利になると言えます。

5つの基準に加え、テーピングも活用することによって、患者様・ご利用者様の安全な杖なし歩行の獲得に貢献できるでしょう。

5つの条件をすべてクリアする必要はない

5つの条件をまとめます。

  • 歩行速度が0.8m/s以上である
  • バランス検査BESTestで70%以上のスコアをとれる
  • 脚の運動機能検査FMALEで25点以上をとれる
  • 杖がなくても目的地まで楽に歩ける
  • 杖があるときとないときとを比べ歩きかたに差がない

ただし、5つの判断基準を満たしていなくても、以下に該当する場合は杖なしで歩いてもよいと考えています。

  • 杖を持つ非麻痺側の痛みなどが激しい場合
  • 転倒、歩きかたの悪化などを気にされない場合

杖を使うメリットよりもデメリットの方が大きい場合、また患者様やご家族様が転倒リスクや歩きかたよりも杖を外すことを重要視されている場合などは5つの条件を満たさずに杖を外すことを検討します。

杖は歩行をサポートするもの、ひいては患者さんの人生をサポートするものなので、患者さんの価値観に合わせて最終決定するのが望ましいと考えています。

理学療法士など専門家にご相談いただき、各種検査(10m歩行試験、BESTest、FMALEなど)を通して5つの基準を満たしているかどうか確認してみてください。

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参考文献

Nascimento LR, Ada L, Teixeira-Salmela LF. The provision of a cane provides greater benefit to community-dwelling people after stroke with a baseline walking speed between 0.4 and 0.8 metres/second: an experimental study. Physiotherapy. 2016 Dec;102(4):351-356.

Ijmker T, Houdijk H, Lamoth CJ, Jarbandhan AV, Rijntjes D, Beek PJ, van der Woude LH. Effect of balance support on the energy cost of walking after stroke. Arch Phys Med Rehabil. 2013 Nov;94(11):2255-61.

Polese JC, Teixeira-Salmela LF, Nascimento LR, Faria CD, Kirkwood RN, Laurentino GC, Ada L. The effects of walking sticks on gait kinematics and kinetics with chronic stroke survivors. Clin Biomech (Bristol, Avon). 2012 Feb;27(2):131-7.

Hamzat TK, Kobiri A. Effects of walking with a cane on balance and social participation among community-dwelling post-stroke individuals. Eur J Phys Rehabil Med. 2008 Jun;44(2):121-6.

Sahin IE, Guclu-Gunduz A, Yazici G, Ozkul C, Volkan-Yazici M, Nazliel B, Tekindal MA. The sensitivity and specificity of the balance evaluation systems test-BESTest in determining risk of fall in stroke patients. NeuroRehabilitation. 2019;44(1):67-77.

Boonsinsukh R, Panichareon L, Saengsirisuwan V, Phansuwan-Pujito P. Clinical identification for the use of light touch cues with a cane in gait rehabilitation poststroke. Top Stroke Rehabil. 2011 Oct;18 Suppl 1:633-42.

Kwong PWH, Ng SSM. Cutoff Score of the Lower-Extremity Motor Subscale of Fugl-Meyer Assessment in Chronic Stroke Survivors: A Cross-Sectional Study. Arch Phys Med Rehabil. 2019 Sep;100(9):1782-1787.

Kuan TS, Tsou JY, Su FC. Hemiplegic gait of stroke patients: the effect of using a cane. Arch Phys Med Rehabil. 1999 Jul;80(7):777-84.

Beauchamp MK, Skrela M, Southmayd D, Trick J, Kessel MV, Brunton K, Inness E, McIlroy WE. Immediate effects of cane use on gait symmetry in individuals with subacute stroke. Physiother Can. 2009 Summer;61(3):154-60.

Chen JL, Wang RY, Lee CS, Chen YJ, Yang YR. Immediate effect of hip taping on balance and walking ability in cane-dependent ambulators with chronic stroke: a randomized controlled trial. Eur J Phys Rehabil Med. 2019 Apr;55(2):156-161.

Maguire C, Sieben JM, Frank M, Romkes J. Hip abductor control in walking following stroke — the immediate effect of canes, taping and TheraTogs on gait. Clin Rehabil. 2010 Jan;24(1):37-45.