近年、脳卒中後の再生医療が注目されています。
その中でも、再生医療で特に期待されているのが幹細胞治療です。
幹細胞治療とは、神経や筋肉などさまざまな細胞に変化できる「幹細胞」を使って、損傷した組織を再生・修復する治療法です。
脳卒中でダメージを受けた神経を、幹細胞を用いて修復し、機能を取り戻そうとするのが脳卒中後の幹細胞治療です。
しかし、インターネットで幹細胞治療について調べると、
- 骨髄由来幹細胞
- 脂肪由来幹細胞
- 臍帯血幹細胞
- 臍帯組織由来幹細胞
- 歯髄幹細胞
…など、さまざまな種類があることに気づくと思います。
クリニックによって使用する幹細胞が異なり、各クリニックはそれぞれの幹細胞の有効性を主張しています。
例えば、骨髄由来幹細胞を使うクリニックは骨髄由来幹細胞の有効性を、脂肪由来幹細胞を使うクリニックは脂肪由来幹細胞の有効性を主張しています。
各クリニックにはそれぞれの考えがあるので仕方ありませんが、再生医療を受けようとしている方にとっては、どのタイプの幹細胞治療を選べばよいのか迷ってしまいますよね。
そこで、今回は代表的な幹細胞治療である「骨髄由来幹細胞治療」と「脂肪由来幹細胞治療」について、脳卒中患者さんを対象にした研究をいくつか紹介し、現時点でどちらが良いのか、BRAINの見解をお伝えします。
幹細胞治療を検討されている当事者様、ご家族様の役に立つ情報になれば幸いです。
情報の信頼性について
・本記事はBRAIN代表/理学療法士の針谷が執筆しています(執筆者情報は記事最下部)。
・本記事の情報は、基本的に信頼性の高いシステマティックレビュー研究、臨床研究から得られたデータを引用しています。
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脳卒中後の再生医療 骨髄由来vs脂肪由来
最初にまとめです。
- BRAINの見解(2024年11月時点):骨髄由来幹細胞治療の方が脂肪由来幹細胞治療よりも有用
- 脂肪由来は動物を対象にした研究で有効と報告されているがヒトを対象にした研究では有効と報告された信頼性の高いエビデンスがない
- 骨髄由来は動物・ヒトを対象にした研究ともに有効性が報告されている
以下、難しい専門用語がたくさん出てきます。
まとめを踏まえた上で先を読んでいただけますと幸いです。
動物を対象にした研究とヒトを対象にした研究
まず、再生医療の研究についてお話しします。
少し難しい内容ですが、これを知っておくと、各クリニックで主張が異なる理由が理解できると思います。
再生医療には、動物を対象にした研究と、人を対象にした研究があります。
動物を対象にした研究では、ネズミなどの動物に対し、人為的に脳卒中を起こし、その動物に再生医療を施して効果を調べます。
動物への実験は心苦しいかもしれませんが、私たち人間の安全を守るために必要です。
新しい治療をいきなり人に試すと、どんな副作用が出るかわかりません。
最悪の場合、危険な人体実験になってしまいます。
そのため、安全性や効果をまず動物で確認し、その後にヒトを対象にした研究が行われます。
しかし、ここで問題があります。
動物では効果があったのに、ヒトでは効果がないというケースです。
こういったケースは再生医療以外の分野でもよく見られます。
ですから、動物で効果があったからといって、ヒトでも効果があるとは限りません。
人に対して有効な治療かどうかは、ヒトを対象にした研究でしかわかりません。
これから、動物やヒトを対象にした幹細胞治療の研究を紹介します。
特に注目すべきは「ヒトを対象にした研究」でどのような結果が出ているかという点です。
しかし、クリニックによっては「動物を対象にした研究」で効果があったことを根拠に、自分たちの治療の有効性を主張している場合があります。
これが、各クリニックで主張が異なる原因の一つになっています。
動物を対象にした研究
動物を対象にした研究では、骨髄由来幹細胞も脂肪由来幹細胞も、どちらも神経細胞に変化したり、脳卒中後の機能回復に効果があることが報告されています。
脂肪由来幹細胞
2019年の研究では、脂肪由来幹細胞治療が脳卒中の動物モデルで血管新生と神経新生を促進することが報告されました。
これらは脳卒中後の回復を支える重要な基盤です。
また、2020年の研究では、虚血性脳卒中後の機能的・神経学的改善に対する脂肪由来幹細胞の有効性が検証されました。
この研究では、2018年までに発表された世界中の論文から20本の研究データをまとめて分析しました。
結果として、脂肪由来幹細胞治療によって運動機能が向上することが報告されました。
これらをまとめると、脂肪由来幹細胞治療は脳卒中の動物モデルにおいて、血管新生と神経新生の促進といった回復の基盤を作り、実際に脳卒中後の運動機能の向上(2020年)に貢献していると言えます。
ただし、これはあくまで動物を対象にした研究の結果です。人間に対して同じ効果があるかはわからないので注意が必要です。
骨髄由来幹細胞
2019年の研究では、世界中から集めた141本の論文データを分析し、骨髄由来幹細胞治療が脳卒中の動物モデルで運動機能や感覚機能を向上させることが報告されました。
このように、骨髄由来も、脂肪由来と同様に動物モデルの機能向上に貢献することが報告されています。
骨髄由来と脂肪由来の比較
2011年の研究では、脂肪由来幹細胞は骨髄由来幹細胞と比べて、血管内皮細胞増殖因子や肝細胞増殖因子の産生量が多いことが報告されています。
これらの因子は脳卒中後の機能回復を支える重要な物質です。
2013年の研究では、骨髄由来幹細胞治療と脂肪由来幹細胞治療の効果を比較し、どちらの治療も、治療を行わない場合と比べて、機能回復や細胞死の減少、細胞増殖などのプラスの効果が見られたと報告されています。
動物を対象にした研究のまとめ
以上をまとめると、動物を対象にした研究では、骨髄由来幹細胞も脂肪由来幹細胞も、神経細胞への変化や脳卒中後の機能回復に効果があると報告されています。
また、先ほどの2011年の研究のように、一部では脂肪由来の方が骨髄由来よりも優れていると報告したものもあります。
ヒトを対象にした研究
ヒトを対象にした研究では、注意深くエビデンスを捉える必要があります。
脂肪由来幹細胞
2020年の研究では、回復期から慢性期の脳卒中患者21人を対象に、脂肪由来幹細胞治療の効果を検証しました。
結果として、運動機能や感覚機能、認知機能が改善したと報告されています。
しかし、この研究は再生医療を行っている日本のクリニックが発表した論文であり、金銭的な利益が関わっている可能性があります。
これを、金銭的利益相反と言います。
金銭的利益相反(Financial Conflict of Interest)とは?
金銭的利益相反(きんせんてき りえきそうはん)というのは、お金が関係して、人の判断や行動が変わってしまうことを言います。つまり、お金のために、本来するべきことと違う選択をしてしまう可能性がある状況です。
例えば、再生医療を行っているクリニックが再生医療の効果を研究するとします。
もし、その研究で「再生医療はとても効果的だ」という結果が出れば、クリニックは患者さんを増やすことができます。
反対に、その研究で「再生医療は効果的ではない」という結果が出れば、クリニックは患者さんを減らしてしまうかもしれません。
そういったネガティブな結果になってしまった場合、おそらく世に出てこないでしょう。
つまり、研究結果が自分たちのビジネスに直接影響する場合、無意識のうちに良い結果を出そうとしてしまうことがあります。
これが金銭的利益相反が問題視される理由です。
実際、医学界には、金銭的利益相反によって有効でない治療法が有効と主張され、患者さんにとって損失を生んでしまった過去があります。
医療分野では特に厳格な管理と倫理的な対応が求められます(Bekelman JE, 2003; Amiri AR, 2013; Lopez J, 2015; Zhang N, 2022; Hansen C, 2019)。
この研究では脂肪由来幹細胞治療の有効性を報告しているものの、金銭的利益相反の懸念を拭えないため、内容を全面的に信用するのは難しいと言えます。
一方、2022年の研究では、急性期の脳卒中患者19人を対象に、脂肪由来幹細胞治療の効果を検証しました。
結果として、安全性は確認されましたが、日常生活の自立度や脳卒中の重症度(NIHSS)を改善する効果は認められませんでした。
このことから、脂肪由来幹細胞治療の有効性には疑問が残ると言えるでしょう。
骨髄由来幹細胞
日常生活動作を向上させるか?
2024年の研究では、骨髄由来幹細胞が脳卒中患者に対して有効かどうかを検証しました。この研究は世界中の論文を集め、そのデータをまとめて分析したものです。
576人分のデータを分析した結果、骨髄由来幹細胞治療は
- 死亡率の低下
- 日常生活動作の自立度の向上
に有効であることが報告されました。
運動機能を向上させるか?
2020年の研究では、亜急性期の脳卒中患者31人を対象に、骨髄由来幹細胞治療の効果を調べました。
結果として、骨髄由来幹細胞治療を受けた人たちは、受けていない人たちと比べて運動機能がより大きく向上したと報告されています。
また、fMRIを用いた検査で、運動機能を司る一次運動野の活動が向上していることも確認されました。
2018年の研究では、慢性期の脳梗塞患者18人を対象に、骨髄由来幹細胞治療の効果を調べました。
結果として、脳卒中の重症度が改善(European Stroke Scale、National Institutes of Health Stroke Scale、Fugl-Meyer Total scoreの各成績が向上)したと報告されています。
なお、その効果は少なくとも2年間にわたって維持されていたとのことです。
同じ研究チームは2016年にも同様の成果を報告しており、こちらでも脳卒中後の運動障害の改善に有効だったとされています。
このように、骨髄由来幹細胞治療は、脳卒中後の
- 死亡率の低下
- 日常生活動作の自立度の向上
- 重症度(運動機能を含む)の改善
に対して有効であることが、ヒトを対象にした研究で報告されています。
まとめ
結果をざっくりまとめます。
動物を対象にした研究では脂肪由来、骨髄由来ともに有効性が報告されていますが、ヒトを対象にした研究では、骨髄由来は脳卒中後の回復に有効性が報告されているものの、脂肪由来は有効性が否定されていたり、利益相反の懸念を拭えないエビデンスが存在しているという状況です。
このことから、2024年11月時点のBRAINの見解は、脂肪由来の幹細胞治療よりも骨髄由来の幹細胞治療が望ましいと考えています。
ただし、以下の注意点を強調してお伝えします。
- 今後、脂肪由来の幹細胞治療を肯定するエビデンスが出てくる可能性もある
- 骨髄由来の幹細胞治療が、何もかもを劇的によくするわけではない
- 本記事で紹介したものはあくまでも脳卒中患者を対象にした研究である
まずは再生医療クリニックを受診し、効果とリスクについて話を聞いてみてください。
なお、再生医療についてはこちらの記事でも紹介しているので、よかったらご覧ください。
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