
ボツリヌス療法は脳卒中の治療として処方される注射で、麻痺した手足の筋肉のつっぱり(痙縮)を一時的にゆるめる目的で使われます(Su, 2026)。
「主治医からボトックス注射をすすめられたけれど、どんな効果があるのか分からない」「副作用が心配で踏み切れない」――。
そんな不安を抱えたまま治療を受けるのは避けたいところです。
この記事では、ボツリヌス療法を脳卒中の治療として受ける前に知っておきたい効果・副作用・リハビリとの組み合わせ方を、脳卒中専門リハビリ施設BRAINの代表で理学療法士の針谷が、臨床経験と研究論文に基づいて解説します。
・本記事の情報は、信頼性の高い研究論文から得られたデータを中心に引用しています。
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・顔のゆがみ(片側が下がる)
・片腕の脱力(腕が上がらない)
・言葉のもつれ(ろれつが回らない)
また、ボツリヌス療法を受けた後に以下の症状が出た場合は、注射を担当した医師に早めにご相談ください。
・全身の筋力低下、まぶたが下がる、ものが二重に見える
・飲み込みにくさ、声のかすれ、呼吸のしづらさ
・注射部位の強い腫れ・発赤・発熱
ボツリヌス療法 脳卒中の基本|どんな治療なのか
ボツリヌス療法は、ボツリヌス菌が作るたんぱく質(ボツリヌス毒素A型、略してBoNT-A)を、つっぱりの強い筋肉に少量だけ注射する治療です。
商品名としては「ボトックス」「ゼオマイン」「ディスポート」などがあります。
注射された毒素が筋肉と神経のつなぎ目に作用して、筋肉に「縮みなさい」という指令が届くのを一時的にブロックします(Su, 2026)。
その結果、筋肉のつっぱりがゆるみ、関節が動かしやすくなります。
「痙縮(けいしゅく)」とは何か
脳卒中のあと、麻痺した手足の筋肉が勝手に縮んで硬くなる状態を「痙縮」と呼びます。
腕では、肘が曲がったまま伸びにくい、手指が握りこんだまま開かない、といった形で現れます。
足では、つま先が下を向く(尖足/せんそく)、膝が伸びにくい、内側に向く(内反尖足)、といった形で現れます。
痙縮があると、着替え・歩行・洗顔などの日常動作に大きな支障が出ます(Su, 2026)。
日本での保険適用について
日本ではボツリヌス療法は「脳卒中後の上肢・下肢の痙縮」に対して保険適用されています。
1回の治療で、3割負担の方であれば自己負担は数万円程度(注射する量により変動)です。
高額療養費制度の対象にもなります。詳しくは脳卒中の費用|高額療養費・傷病手当金など使える制度一覧で解説しています。
ボツリヌス療法で期待できる効果
研究で確認されている主な効果は、次の4つです。
- 筋肉のつっぱり(痙縮)の軽減
- 関節の動かしやすさ(可動域)の改善
- 痙縮にともなう痛みの軽減
- 歩行や手の使いやすさの一部改善
上肢(腕・手)への効果
2023年に公開された総合的な分析では、ボツリヌス療法は脳卒中後の上肢痙縮に対して効果が確立した治療と位置付けられています(Brusola, 2023)。
Modified Ashworth Scale(筋肉のつっぱりを0〜4で評価する国際的なものさし)が、注射後4〜6週間でおおむね1段階ほど改善する傾向が複数の研究で報告されています。
ただし、注意しておきたい点があります。
2024年に公開された研究データ(InTENSE試験)では、慢性期の上肢痙縮にボツリヌス療法を行っても、「手をどれくらい日常で使えるか」という活動レベルでは大きな上乗せ効果は確認されませんでした(Cameron, 2024)。
つまり、筋肉のつっぱりは下がっても、それだけで「自然に手が使えるようになる」わけではないということです。
後述するリハビリとの組み合わせが効果を引き出すカギになります。
下肢(足・歩行)への効果
2025年に公開された下肢痙縮に関する分析では、ボツリヌス療法によって歩く速さや歩幅などの歩行データが改善する傾向が報告されています(De Santis, 2025)。
対象になりやすいのは、下腿三頭筋(ふくらはぎ)・後脛骨筋(すねの内側の筋)など、尖足・内反尖足を作る筋肉です。
2026年に公開された下肢ボツリヌス療法に関するまとめでは、痙縮の軽減と歩行機能の改善の両方に効果が認められると結論されています(Fernandes, 2026)。
歩き方の特徴的なパターンについては、ぶん回し歩行の原因と改善で詳しく解説しています。
痛みへの効果
痙縮が強い方は、筋肉が常に縮みっぱなしの状態で関節が引っ張られるため、痛みを訴える方が少なくありません。
2025年に公開された痛みを伴う痙縮への分析では、ボツリヌス療法によって痛みが軽減することが報告されています(Tamayo, 2025)。
2025年に公開された別のまとめでも、痙縮にともなう痛みに対するボツリヌス療法の有用性が示されています(Bianchi, 2025)。
麻痺側の肩の痛みに対しても、研究で効果が確認されています。
2025年に公開された複数の研究をまとめた分析では、肩関節周囲へのボツリヌス療法が片麻痺肩の痛みを軽減したと報告されています(Li, 2025)。
どんな流れで治療を受けるのか
受診から効果が出るまで、おおむね次の流れです。
受診から注射までの手順
- 外来受診と診察
リハビリテーション科または脳神経内科・脳神経外科を受診します。手足のつっぱり方・動かしにくさを医師が評価します。 - 治療目標の設定
「着替えがしやすくなりたい」「靴が履けるようになりたい」など、何を目指すかを医師と一緒に決めます。 - 注射する筋肉と量の決定
つっぱりの強い筋肉を医師が触診や超音波で確認し、どこに何単位注射するかを決めます。 - 注射の実施
細い針を使って数か所に注射します。1か所あたり数十秒で終わります。麻酔なしで行えるケースが多いです。 - 注射後のリハビリ
注射した日からリハビリを開始します。筋肉がゆるんでいるあいだに動かしやすい状態を作っていきます。
効果が出るまでの期間と持続時間
注射した日から、すぐに筋肉がゆるむわけではありません。
効果は2〜3日後からじわじわと現れ、2〜4週間でピークに達します(Su, 2026)。
持続時間は、おおむね3〜4か月です。
効果が切れたら、再度注射を受けることになります。
添付文書上、再注射は3か月以上の間隔を空けることが推奨されています。
早めの治療開始が望ましい理由
痙縮を放置すると、関節が硬くなる「拘縮(こうしゅく)」が進行します。
拘縮が進んでしまうと、ボツリヌス療法で筋肉をゆるめても関節は動かなくなります。
2025年に公開された早期介入に関する分析では、痙縮が出始めた早い段階での介入が、その後の手足の使いやすさを保つのに重要と報告されています(Tilborg, 2025)。
2026年に公開された早期注射と遅い注射の比較研究でも、早期に治療を開始した方が目標達成度が高い傾向が報告されています(Patel, 2026)。
副作用と安全性|知っておきたいこと
ボツリヌス療法は適切に行えば安全性の高い治療ですが、副作用がないわけではありません。
主な副作用
注射部位や周囲に、以下のような症状が出ることがあります。
- 注射部位の痛み・腫れ・内出血
- 注射した筋肉や周囲の筋肉の脱力感
- 全身のだるさ・疲労感(軽度)
- 嚥下(飲み込み)のしにくさ(首・上肢への注射で稀に発生)
2026年に公開された日本人を対象とした研究では、長期にわたって繰り返し注射しても、重大な副作用は少なく安全性が保たれていたと報告されています(Azuma, 2026)。
受けられない方・注意が必要な方
以下に当てはまる場合は、医師に必ず申告してください。
- 妊娠中・授乳中の方
- 重症筋無力症など神経・筋接合部の病気がある方
- 過去にボツリヌス療法でアレルギー反応が出たことのある方
- 抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)を内服中の方
- 注射する部位に感染や強い炎症がある方
「飲んでいる薬・既往歴は必ず事前に申告する」――これだけでも深刻な副作用の多くは予防できます。
注射だけで終わらせない|リハビリ併用の重要性
ここが、当事者・家族に最もお伝えしたいポイントです。
ボツリヌス療法は注射しただけで動作が良くなる「魔法の注射」ではありません(Cameron, 2024)。
注射によって筋肉がゆるんだ「動かしやすい数か月間」をどう過ごすかで、得られる効果が大きく変わります。
注射+ストレッチで効果が長持ち
2024年に公開された研究データでは、注射後にストレッチを継続したグループのほうが、注射の効果がより長く持続したと報告されています(Hwang, 2024)。
毎日のストレッチは、ご自宅でも続けやすい簡単な習慣です。
担当の理学療法士・作業療法士に「自宅で続けられるストレッチ」を必ず教えてもらってください。
注射+衝撃波療法の組み合わせ
体外衝撃波療法(ESWT)は、専用機器で筋肉に衝撃波をあてる治療です。
2024年に公開された複数の研究をまとめた分析では、ボツリヌス療法と衝撃波療法を組み合わせると、痙縮の改善効果がより大きくなると報告されています(Du, 2024)。
2024年に公開された別の研究データでも、注射後の衝撃波療法によって上肢の痙縮がさらに改善したと報告されています(Lee, 2024)。
衝撃波療法を行っている医療機関は限られていますが、選択肢のひとつとして覚えておいて損はありません。
注射+ロボットリハビリの組み合わせ
近年、上肢ロボットを使ったリハビリと組み合わせる試みも進んでいます。
2025年に公開されたまとめでは、ボツリヌス療法とロボットリハビリの組み合わせが上肢機能の改善に寄与する可能性が示されています(Facciorusso, 2025)。
2025年に公開された研究データでは、注射後にロボットリハビリを行うタイミングを工夫することで、上肢の動かしやすさがより改善したことが報告されています(Shin, 2025)。
ロボットリハビリができる施設はまだ限られていますが、医師に問い合わせる価値はあります。
電気刺激や運動療法との比較
2022年に公開された研究データの比較では、ボツリヌス療法と体外衝撃波療法は、いずれも痙縮の軽減に効果があるが、それぞれ得意な対象や持続時間に違いがあると報告されています(Mihai, 2022)。
つまり、ボツリヌス療法だけが唯一の選択肢ではなく、状態によっては他の治療や、これらの組み合わせも検討の対象になります。
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受ける前のチェックリスト
主治医と相談する前に、以下を整理しておくと話がスムーズです。
- どこのつっぱり・痛みが一番困っているか(肘・手指・足首・足の指など、具体的な部位)
- 注射でどうなりたいか(例:「爪切りができるようになりたい」「装具を履きやすくしたい」「夜の痛みを取りたい」)
- 現在の内服薬一覧(血液をサラサラにする薬の有無は特に重要)
- 過去のアレルギー歴・既往歴(重症筋無力症・神経筋疾患の有無)
- 注射後のリハビリをどこで受けるか(注射した病院、訪問リハビリ、自費リハビリ施設など)
特に「どうなりたいか」が具体的なほど、注射する筋肉と量を医師が選びやすくなり、満足度の高い治療につながります(Patel, 2026)。
よくある質問(FAQ)
Q. ボツリヌス療法は何回まで受けられますか?
回数の上限はとくに定められていません。
2026年に公開された日本人を対象とした長期研究では、長期間にわたって繰り返し注射しても、重大な副作用は少なく治療を継続できたと報告されています(Azuma, 2026)。
3か月ごとの注射を数年にわたって続けている方も少なくありません。
Q. 注射すれば手が動くようになりますか?
注射そのもので「動かなかった手が動くようになる」わけではありません。
注射の目的は、つっぱりをゆるめることで「動かしやすい状態を作る」ことです。
そのゆるんだ状態でリハビリを積み重ねることで、結果として動きや日常生活が改善します(Hwang, 2024)。
Q. 発症から何年経っていても受けられますか?
慢性期(発症から年単位が経過した時期)の方も対象になります。
ただし、関節がすでに固まりきっている場合は、注射の効果が限定的になることがあります。
「まだ間に合うか分からない」と迷っているくらいなら、一度主治医に相談してみる価値はあります。
Q. 注射した日からリハビリをしてもよいですか?
原則として、注射した日からリハビリを開始して問題ありません。
むしろ、効果が出始める2〜4週間のあいだに、ストレッチや動作練習を積極的に行うことが効果を引き出すカギです。
具体的なメニューは、注射を担当した医師、または通院しているリハビリ担当者に確認してください。
Q. どこで受けられますか?
ボツリヌス療法は医師による処方が必要な治療です。
リハビリテーション科、脳神経内科、脳神経外科のある病院・クリニックで受けられます。
BRAINでは注射そのものは実施しておりませんが、注射後のリハビリ部分でお力添えできるケースがあります。詳しくは脳卒中の費用|高額療養費・傷病手当金など使える制度一覧もご参照ください。
まとめ
- ボツリヌス療法は、痙縮(筋肉のつっぱり)を一時的にゆるめる注射治療
- 効果は注射の2〜3日後から現れ、ピークは2〜4週間、持続は3〜4か月
- 上肢の痙縮・下肢の痙縮・痛み・歩行のいずれにも効果が確認されている
- 注射だけでは「使える手」「歩ける足」にはならず、リハビリの併用が必須
- ストレッチ・体外衝撃波・ロボットリハビリとの組み合わせが効果を高める
- 日本人を対象とした研究でも長期の安全性が示されており、繰り返し受けられる
- 受ける前に「困っている部位」「どうなりたいか」を具体的に整理しておく
次にやるべきこと:主治医の外来で「手足のつっぱりが気になる」とまず伝えてください。リハビリテーション科への紹介を含め、ボツリヌス療法が選択肢になるかどうかを検討してもらえます。
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参考文献
- Su M, et al. Advances in the diagnosis and management of post-stroke limb spasticity: a narrative review. Front Neurol. 2026. PMID: 42051777
- Brusola G, et al. Effectiveness of physical therapy interventions on post-stroke spasticity: An umbrella review. NeuroRehabilitation. 2023;52(3):349-363. PMID: 36806522
- Cameron ID, et al. The Lack of Effect of Botulinum Toxin-A on Upper Limb Activity in Chronic Stroke: A Short Report from the InTENSE Trial. Toxins (Basel). 2024;16(12). PMID: 39728768
- De Santis C, et al. Effects of lower limb botulinum toxin injections on gait functional outcomes in stroke survivors: a systematic review and meta-analysis. Eur J Phys Rehabil Med. 2025;61(3):449-461. PMID: 40856376
- Fernandes CS, et al. Efficacy of botulinum toxin for poststroke lower limb: a systematic review and meta-analysis. Clin Rehabil. 2026. PMID: 41685871
- Tamayo FM, et al. Botulinum Toxin in Pain-Related Post-Stroke Limb Spasticity: A Meta-Analysis of Early and Late Injections. Toxins (Basel). 2025;17(5). PMID: 40423340
- Bianchi F, et al. OnabotulinumtoxinA in the Management of Pain in Adult Patients with Spasticity: A Systematic Literature Review. Toxins (Basel). 2025;17(8). PMID: 40864094
- Li Q, et al. Effectiveness of Botulinum Toxin A Injection for Hemiplegic Shoulder Pain: A Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. Basic Clin Pharmacol Toxicol. 2025;136(6):e70043. PMID: 40296821
- Tilborg NAWV, et al. The effectiveness of early interventions for post-stroke spasticity: a systematic review. Disabil Rehabil. 2025;47(4):900-911. PMID: 38907596
- Patel A, et al. Impact of Early Versus Late Treatment with Botulinum Toxin A on Goal Attainment in Post-Stroke Spasticity: A Retrospective Cohort Study. Toxins (Basel). 2026;18(2). PMID: 41745734
- Azuma K, et al. Long-term safety and treatment discontinuation patterns of OnabotulinumtoxinA for post-stroke spasticity: a retrospective study. BMC Neurol. 2026;26(1):81. PMID: 41527032
- Hwang IS, et al. Long-Term Enhancement of Botulinum Toxin Injections for Post-Stroke Spasticity by Use of Stretching Exercises-A Randomized Controlled Trial. Toxins (Basel). 2024;16(6). PMID: 38922161
- Du YN, et al. Efficacy of botulinum toxin A combined with extracorporeal shockwave therapy in post-stroke spasticity: a systematic review. Front Neurol. 2024;15:1342545. PMID: 38560731
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- Facciorusso S, et al. Botulinum Toxin Combined with Robot-Assisted Therapy for Post-Stroke Spasticity: A Systematic Review. Toxins (Basel). 2025;17(12). PMID: 41441605
- Shin JH, et al. Combined effects and timing of robotic training and botulinum toxin on upper limb spasticity and motor function: a single-blinded randomized controlled pilot study. J Neuroeng Rehabil. 2025;22(1):50. PMID: 40050906
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最終更新:2026年5月

