嚥下障害に対するリハビリのひとつに、電気刺激があります。

電気刺激は3つのタイプに分かれます。

ひとつめは表面神経筋電気刺激(sNMES)です。

嚥下に関わる喉の周りに電極をつけ、電気刺激を与える一般的なものです。

ふたつ目は咽頭電気刺激(PES)です。

カテーテルを鼻から挿入し咽頭に届かせ、咽頭を直接電気刺激するというものです。

みっつ目は経頭蓋直流電気刺激(tDCS)です。

これは頭部に微弱な電気刺激を与え、脳活動に直接アプローチしようとするものです。

ひとつ目のsNMESについて、少し掘り下げます。

sNMESのやり方は基本的にさらに2つに分けられます。

ひとつは舌骨上筋群をターゲットにするやり方、もうひとつは舌骨下筋群をターゲットにするやり方です。

舌骨上筋群をターゲットにした場合は嚥下をサポートする機能が、そして舌骨下筋群をターゲットにした場合は嚥下運動に抵抗をかけ、筋トレのような要領で嚥下練習を行うことができます。

多くの場合はこのどちらかの筋群に電気刺激を与えながら嚥下練習をするのですが、咬筋に対して電気刺激を与えることで嚥下機能が向上するというランダム化比較試験がありました。

今回はそのランダム化比較試験を紹介します。

Umay EK (2017) のランダム化比較試験の紹介

この研究は合計98人の急性期脳卒中患者さんを対象にしています。

リハビリ研究で100人近い人数を対象にしている研究は珍しく、比較的多い人数です。

この98人を2つのグループに分けています。

ひとつ目は「咬筋への電気刺激群」です。

両側の咬筋への断続的な電気刺激を60分にわたって与えています。

電気刺激の強さは感覚閾値程度、つまり電気を感じる程度の強さです。

また、嚥下運動などの運動は併用していません。

ですのでざっくり言うと弱い電気刺激を咬筋に60分間流し続けているだけ、と言うことになります。

この電気刺激に加え、標準的な嚥下療法として別に60分実施されています。

標準的な嚥下療法というのは、口腔内の衛生管理、熱(冷)および触覚刺激、頭と体幹のポジショニング、食事の変更、および唇、舌、顎の動きを含む口腔運動などです。

一般的に、行動性嚥下療法と言われるものです。

この行動性嚥下療法は日本でも言語聴覚士の先生が一般的に行われるものですが、コクランレビューでも有効性が認められています。

先ほど98人を2つに分けたとお伝えしましたが、もうひとつのグループは「通常ケア群」として、この行動性嚥下療法を行うのみのグループでした。

ですので、ひとつ目のグループは咬筋への電気刺激が追加されており、この電気刺激が追加されることで嚥下機能をより大きく向上させるか?というのが焦点になりました。

各グループともに、週5回、4週間リハビリを実施しています。

嚥下機能(MASAスコア)が向上

アウトカムはいくつかとられているのですが、ひとつ、Mann Assessment of swallowing Ability(MASA) の結果について紹介します。

結果として、咬筋への電気刺激を与えたグループは、行動性嚥下療法のみのグループと比べて、MASAのスコアがより大きく向上しました。

リハビリ開始時は各グループとも、平均MASAスコアが140点程度でしたが、咬筋への電気刺激グループはリハビリ終了時に181点程度になっています。

MASAは200点満点で点数が高いほど嚥下の状態が良いことを示します。

また、Mann (2002) は急性期脳卒中患者さんの嚥下障害のカットオフ値として180点(感度 71%、特異度 72%)を定めています。

リハビリ開始時が平均140点程度だった、という影響もありますが、咬筋への電気刺激グループはこの180点を超える値になりました。

なお、行動性嚥下療法のみのグループにおいては、リハビリ終了時のMASAスコアが157点程度にとどまっており、咬筋への電気刺激の有効性が伺えます。

手軽に導入できるのでご検討を

この咬筋への電気刺激のメリットは、電気刺激を与えっぱなしでいいということです。

一般的に、嚥下障害に対して電気刺激を与える場合は電気刺激+嚥下訓練を行うため、セラピストがつきっきりになります。

ですのでこの研究で行われているような60分+60分というやり方は急性期や回復期では再現できない、というケースもあります。

ただ、この研究では電気刺激を流しっぱなしにしているだけなので、実質セラピストの関わりは60分のみです。

60分であれば、多くの病院で再現可能ではないでしょうか。

(もちろん電気刺激の安全管理を行う必要はあります)

一方、咬筋への電気刺激の注意点もあります。

ひとつは、2017年のUmay EK (2017) のランダム化比較試験以外に咬筋への電気刺激の効果が報告されていないという点です。

この研究は比較的多い人数を対象にしていますが、今後行われる他の研究によって違う結果になる可能性も考えられます。

また、この研究は症例減少バイアスについて懸念があります。

いずれにせよ今後の研究に期待がかかります。

現時点では有効性が報告されていることは間違い無いので、ぜひ導入の検討をしてみてください!

本日は「脳卒中後の嚥下障害に対する咬筋への電気刺激の効果」というテーマでお話しさせていただきました。

BRAINでは脳卒中EBPプログラムというオンライン学習プログラムを運営しております。

2021年前期はおかげさまで満員御礼となりましたが、後期は10月から開始、募集は7月〜8月ごろから開始する予定です。

ご興味がある方はよかったらホームページを覗いてみてください。

それでは今日もリハビリ頑張っていきましょう!

参考文献

Umay EK, Yaylaci A, Saylam G, Gundogdu I, Gurcay E, Akcapinar D, Kirac Z. The effect of sensory level electrical stimulation of the masseter muscle in early stroke patients with dysphagia: A randomized controlled study. Neurol India. 2017 Jul-Aug;65(4):734-742.