セラピストがひとつのリハビリ方法を “極める” 、というのはメリットもありますがデメリットもあります。

“極める” のは良いことですが、基本的には、全てのリハビリを扱えた方がいいです。

本記事では、その理由について解説しています。

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脳卒中リハビリの方法はひとつではない

脳卒中リハビリは色々な方法があります。

上肢…課題指向型訓練、CI療法、ミラーセラピー、電気刺激など
下肢・歩行…トレッドミルトレーニング、免荷式トレッドミルトレーニング、バランス練習、電気刺激など
嚥下…行動性嚥下療法、神経筋電気刺激、rTMSなど

ここに紹介しているリハビリはほんの一部で、実際はもっと多いです。

細かいものも合わせれば100以上はあると思います。

なぜこれほど種類が多いかというと、ひとつのリハビリ方法では患者さんの問題を解決できないからです。

当たり前と言われれば当たり前ですが、万能なリハビリはありません。

それぞれのリハビリに特徴があり、適性があります。

ひとつのリハビリに傾倒するのが悪いわけではない

脳卒中リハビリの領域においては○○のプロフェッショナル、のように、ひとつのリハビリ方法に傾倒するセラピストが多いように思います。

例えばボバースの専門家、装具療法の専門家、課題指向型訓練の専門家というように。

もちろん、特定のリハビリの中でスキルを磨くというのも大事です。

私自身、ボバースを勉強していましたが、初学者とベテランの技術の差が大きいと、リハビリ効果も大きく異なることを知っています。

また、装具療法においても、長下肢装具の歩行練習をする際に上手に手伝うことができるセラピストもいれば、全然うまく手伝えないセラピストもいます。

また、上肢の課題指向型訓練やCI療法も同様で、課題の難易度調整のスキルや提案できる運動課題の豊富さによってリハビリの効果が変わってきます。

したがって、特定のリハビリを深める、ということは大事だと思います。

ただ、忘れてはいけないのが「そもそもどのリハビリを選択すべきか?」という視点です。

万能なリハビリがないから複数のリハビリが存在している

上述の通り、そもそも万能なリハビリはなく、ひとつのリハビリを極めたところで患者さんの全ての問題点に対応できるわけではありません。

例えば、上肢のリハビリとして有名なCI療法ですが、そもそも運動障害が軽度の患者さんにしか適応が難しいという問題があります。

つまり、CI療法を極めても担当患者さんが中等度〜重度の運動障害を持つ場合、その患者さんの問題を解決するのは難しいです。

中等度〜重度の運動障害がある患者さんには、ミラーセラピーや電気刺激など別のリハビリが適応になります。

また、下肢や歩行においてはトレッドミルトレーニングや免荷式トレッドミルトレーニングが有効です。

免荷式トレッドミルは、ひとりで歩けない患者さんでも歩く練習ができるというのが大きなメリットです。

ただ、脳卒中患者さんの歩行で問題になる “推進力” の向上に対しては不利であることが明らかになっています。

推進力の向上には、電気刺激と歩行練習を組み合わせることが有効です。

ですので、免荷式トレッドミルだけを極めたとしても、推進力の向上が必要な患者さんの問題点は解決できません。

このように、いくつもリハビリ方法が存在しているのには理由があります。

万能薬になるリハビリがなく、お互いに弱点を補い合っているのです。

リハビリの選択肢を豊富に用意するべき理由

ですので、ひとつのリハビリ方法の技術を高めるということも大事ですが、患者さんの問題解決のため、基本的にはリハビリの選択肢は豊富に提供できた方がいいです。

リハビリ前後で見ればどのリハビリでも患者さんは良くなる

上述したように、リハビリには様々な選択肢がありますが、いずれの方法も、基本的にはリハビリ介入前後で見れば良くなります。

上肢における課題指向型訓練やCI療法、歩行におけるトレッドミルトレーニングや免荷式トレッドミル、嚥下における行動性嚥下療法や電気刺激、など世界的にコンセンサスが得られているリハビリはもちろんのこと、神経筋促通手技(ボバース、認知神経リハビリ、PNFなど)においても、リハビリの前後で見れば良くなります。

意外と思われるかもしれませんが、これはエビデンスによって裏付けられています。

また、これは病期(急性期・回復期・慢性期)に関わらず言えることです。

急性期・回復期は自然回復の影響があるため、なおのこと良くなりやすいですが、慢性期であっても週3回以上のリハビリを行えば、多くのリハビリで改善が報告されています。

つまり、病期に関係なく、リハビリをやる前と後で比べたら、どのリハビリをやったとしても患者さんは良くなるということです。

「患者さんがよくなってよかった」で済ませていないか?

自分の担当患者さんのリハビリが終わるとき、経過報告書を書きながら患者さんの経過を振り返ると思います。

そのとき「入院した頃と比べたらだいぶよくなったな」と感じるかもしれません。

ですが、それは当たり前のことです。

どのリハビリをやっても、患者さんはよくなるからです。

ここで考えないといけないのは「自分が行ったリハビリは患者さんにとってベストだったのか?」ということです。

もしかしたら、違うリハビリを選択していたら、患者さんはもっとよくなっていたかもしれません。

でも、患者さんとリハビリを始めるときに複数のリハビリを提供できるようにしておかないと、そもそも患者さんにとってベストなリハビリを選択することができません。

だから、リハビリの選択肢を豊富に用意しておくべきなのです。

行われたリハビリは患者さんにとってベストだったか?

例えば、回復期の脳卒中患者さんに対し、上肢の運動障害を改善させるためにミラーセラピーを行いました。

Fugl-Meyer Assessment Upper Extremity(以下、FMAUE)という上肢の運動機能をみる検査がありますが、このFMAUEの点数が入院時は20点だったのに対し、退院時は40点になっていたとします(満点は66点の検査です)。

このことから、「20点もよくなったから、上肢の運動障害はよくなったと言えるな」と考えると思います。

ですが、ミラーセラピーではなく、課題指向型訓練をやっていたら、20点→50点になっていたとしたらどうでしょうか?

言い換えれば、患者さんが本当は50点まで良くなるはずだったのに、セラピストがリハビリプログラムの選択を誤ったせいで40点までしか改善させられなかった、と言えます。

これはセラピストにとっても患者さんにとっても望ましくないことですよね。

こういったことを避けるために、セラピストは患者さんに合わせて、最も改善を促すことができるリハビリを提供できるようになっておく必要があります。

そのために、ミラーセラピーを行えば○点くらいまで良くなる、課題指向型訓練をやれば○点くらいまで良くなる、ということを事前に知っておかなければなりません。

そこで、エビデンスの出番になります。

どのリハビリが適切か判断するためにエビデンスを知る

複数のリハビリの選択肢がある中で、「どのリハビリが最善か?」を判断するためには、根拠となるデータ、つまり “エビデンス” が必要です。

セラピストが経験で判断するわけではありません。

ガイドラインやシステマティックレビューやランダム化比較試験といった研究論文を参考に判断します。

たまに「○○療法と××療法を比べても意味ない。要は患者さんが良くなるかどうかでしょ」という意見を聞きます。

繰り返しになりますが、リハビリをやれば患者さんはよくなるのが当たり前です。問題は「どのリハビリを行えば最も改善を促せるか」ということです。

この疑問を解決するために「○○療法と××療法の比較」研究が必要になります。

例えば、CI療法はミラーセラピーと比べて何をどれくらい良くするのか、あるいはトレッドミルトレーニングは屋外歩行と比べて何をどれくらい良くするのか、というデータを教えてくれます。

このデータを把握していれば、セラピストは「この患者さんに対しては○○療法をやろう」とか、「この患者さんに対しては××療法は避けよう」と意思決定しやすくなります。

エビデンスの大事さが伝われば嬉しいです。

エビデンスは先人の過去の経験である

エビデンス、と聞くと仰々しく、近寄り難いものに聞こえるかもしれません。

ですが、エビデンスは “先人の過去の経験” です。

私たちセラピストも、リハビリの意思決定をするときに過去の自分の経験を参考にすると思います。

でも、自分の経験は経験年数分しかありません。

エビデンスを学ぶ、というのは先人の経験を自分の経験に付け加えられることと言い換えられます。

エビデンス、と聞くと堅苦しいですが、経験を増やす、と捉え直すことで身近なものに感じられるのではないでしょうか?

エビデンスを学んでおけば、患者さんの状況に合わせて、ベストなリハビリ方法を選択しやすくなります。

ひとつのリハビリ方法の知識・技術を深めることも大事なのですが、「そもそもどのリハビリが効果的か?」という視点も大事です。

患者さんにとってベストなリハビリテーションを行うために、エビデンスを学びましょう!